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2020年11月8日日曜日

久々にジェームズ

 …の自己論を読み直しました。10年ぶりぐらいでしょうか。やっぱり面白いですね。ジェームズは哲学も心理学もわかっていた稀有な人だなと改めて思いました。自己を「主我(I)」と「客我(Me)」にわけて論じているのですが、客我のほうは経験的な自己をめぐる心理学的考察になっていて、主我のほうは超越論的自我に連なるような(実際にはそれを批判していますが)哲学的考察になっています。フッサールなら前者は現象学的心理学、後者は超越論的現象学というかたちで厳密に区別されてしまいそうですが、それを区別しながらも同じ章で論じられてしまうところにジェームズのジェームズらしさがよく現れているように感じました。

ああ、思い出した。2013年に日本心理学会で「自己へのエンボディード・アプローチ」というシンポジウムを企画したときに予習としてジェームズの自己論を読んだのでした。10年も経っていませんでしたね。歳をとったせいか、過去の出来事がいつ起こったのか、認知があいまいになっているようです。

というわけで以下レジュメへのリンクです。

W・ジェームズ (1892/1992).「自我」今田寛訳『心理学(上)』(第12章)岩波書店

 

2017年3月26日日曜日

blooming, buzzing confusion

ウィリアム・ジェームズが『心理学原理』の中で「blooming, buzzing confusion」という言い方をしている箇所があるらしい。赤ちゃんの経験しているだろう知覚世界を引き合いに出して、感覚印象が多種多様でとりとめがない様を指してこう言っているとのこと。

日本語で何と訳すべきかよく分からず調べてみたのだが、英語ではよく引用される有名な表現らしい。こんなページが見つかった。いやぁ、恥ずかしながら知らなかった。
The "blooming, buzzing confusion" of William James

で、Principles of Psychologyの488ページにあることがわかったので、岩波文庫版の『心理学』で対応箇所を探してみたら…ない。うーん、こういうのは痛い。邦訳は1890年の『原理』ではなくて1892年に発表された『要録』なのでしょうがないといえばしょうがないが、ジェームズの残したフレーズとして英語では有名になっているものが日本語で参照できないのはまずいだろう。

と思ってもう少し調べてみたら、あったあった、仮訳してるページ。ひとつはこんなページ。「花盛りでガヤガヤした混沌」になってますな。もうひとつはこんなページ。「無茶苦茶な、騒々しい混乱」ですって。

どっちもイマイチしっくりこないので考えました田中訳。「ひどくやかましい混乱」でどうでしょう。「ひどく」のところはbloomingなので、花がいっせいに開花するようなイメージを持たせたもっといい訳ができそうですが。