2025年7月1日火曜日

パラスポーツを通じた他者理解と共生 (田中, 2025)

今日大学に出校したら『パラリンピック研究会』紀要・第24号が届いていました。それで今さらながら思い出したのですが、3月末に出た前号の第23号に、私も寄稿しておりました。以下の論文です。

田中彰吾(2025)「パラスポーツを通じた他者理解と共生」『パラリンピック研究会紀要』第23号,pp. 1-20.

以下のページからダウンロードしてご覧いただけます。
http://para.tokyo/2025/04/23-1.html

冒頭の1節と2節で、私自身の経験について現象学的な記述を試みています。1節はパラリンピック委員会委員長の河合純一氏との出会いを、2節はパラスポーツのゴールボールを観戦した経験を取り上げています。障害のことを扱うようになってから、障害に接する自分自身の経験を記述することが特に大事だと思うようになりました。健常者の中に潜む微妙な偏見を理解するためです。いずれ、こういうオートエスノグラフィのような記述をもっと本格的に書いてみたいなと思っています。

2025年6月30日月曜日

新しい自然の概念

先日読み終えたバラッド『宇宙の途上で出会う』をめぐって、いまだつらつらと考え事をしています。バラッドが論じるエージェンシャル・リアリズムの立場が、メルロ゠ポンティが晩年に書いていた「肉の存在論」に近いように感じて、彼の晩年の講義録を読み直していたら、ありました、量子力学に関する記述が。昔斜め読みしたときは気に留めていませんでしたが、講義録『言語と自然』の中にある「自然の概念」の中で少しだけ量子力学に触れていました。

量子力学では古典力学的な因果律が通用しないのですが、それに言及しつつ、現代科学の中から新しい自然の見方が生まれつつあると指摘しています。ただ、科学それ自体から新たな自然概念が登場するとはメルロ゠ポンティは見ていなかったようで、むしろそれを後押しするには哲学による議論の深化が必要だと見ていたようです。さらに、登場しつつある自然感を掘り下げるのに必要なのが現象学的な知覚理論であり、(明確な言及はありませんが)肉の存在論である、と考えていたようです。ポスト近代科学的な自然観を新しい存在論として提示する、というのが彼の狙いだったのですね。

これはとても重要な着想で、引き続き考えようと思い立った次第です。

2025年6月23日月曜日

インタラクションとイントラアクション

買ってから1年以上積読になっていたカレン・バラッド『宇宙の途上で出会う』を読みました。ニールス・ボーアの量子力学をめぐる思索を「エージェンシャル・リアリズム」という独自の哲学的立場に発展させた一冊です。分厚いですが、すごく読み応えのある本でした。

フェミニズムにも影響を受けている著者なので身体についてもっと言及があるかと思いきや、実際にはそうでもないところが個人的には物足りなかったです(最後の章に出てくるクモヒトデの例が多少は参考になりました)。晩年のメルロ゠ポンティが「肉」という概念で考えたかった存在論はエージェンシャル・リアリズムの立場にも近いように思われるので、肉と身体の関係を考えていけば、読後に物足りなかった点を自分自身で考えられるかな、などということをぼんやりと考えています。

他方、バラッドが「エージェンシー」という概念を生物から物質へと拡張しているのですが、このアイデアはエナクティビズムの拡張と親和性があるように思います。生物が行為を通じて自己と環境を差異化し、相互作用(インタラクション)を通じて環境を認知している様子は、宇宙が内部作用(イントラアクション)を通じて自己自身を差異化しつつ物質・時間・空間を構成し、自己自身を認知している様子とパラレルに理解できそうです。

ともあれ、読みながら考えたことを自分でも形にせねば、と思わせてくれる一冊でした。


2025年6月12日木曜日

インタビュー記事が出ました

このたび、『日本バーチャルリアリティ学会誌』に記事が掲載されました。


若手研究者の畑田裕二さんがインタビューをもとに記事にしてくださったものです。ミニマルセルフとナラティブセルフ、経験を記述する言葉、身体図式など、VR研究と現象学の接点について、ツボをおさえた話になっていると思います。短いですが読み応えはあると思いますので(畑田さんの質問のおかげです)、ぜひご覧ください。


2025年5月31日土曜日

Phenomenology and the Cognitive Sciences

6月1日付で、SpringerNatureから刊行されている学術誌「Phenomenology and the Cognitive Sciences」の編集委員会メンバーに新たに参加することになりました。すでにホームページに反映されていますので、1日早いですが公表しておきます。

この雑誌は2002年に刊行が始まり、今年はVolume 24が発行されています。もともとShaun GallagherとDan Zahaviが始めた雑誌で、現代現象学を代表するジャーナルになります。私はこの雑誌で自分の論文を今まで発表したことがないのですが、これを機に何か書こうかと思っています。

海外のジャーナルの編集委員は何件もやっていますが、査読がしんどいなぁと感じることが近年増えました。自分の勉強になっているのでその点ではありがたいですが、年齢のせいか、最新の研究でもそれだけでは面白いとは感じなくなりつつあります…。自分自身が新しいものを追い求めるよりも、これまでの学びをまとめるべき年齢になりつつあるからなんでしょうね。

でも、いくつになっても新たな学びに開かれた姿勢を持ち続けたいものでもあります。そういう思いもあって、今回の依頼は引き受けることにしました。良い論文に出会えることを楽しみにしています。

2025年5月19日月曜日

こころの科学とエピステモロジー vol.7

オンラインジャーナル『こころの科学とエピステモロジー』の第7巻が刊行されました。田中は何年か前からほとんど名ばかりで編集長を仰せつかっておりますが、この雑誌が今まで刊行を継続できているのはひとえに渡辺恒夫編集部長のおかげです。この場を借りてお礼申し上げます。

J-STAGE版

また、本誌では「こころの科学とエピステモロジー奨励賞」を授与しております。博士課程の大学院生やポスドク研究員など若手の皆様は今後も奮って本誌にご投稿いただければ幸いです。

2025年5月15日木曜日

メールは復旧しました

前回ここでお知らせしてから1ヶ月近く経ちますが、大学アドレスのメールがようやく通常通り使えるようになりました(「@tokai.ac.jp」のアドレスです)。

使えるようになったのはいいのですが、セキュリティを厳格化したため数時間に1回ぐらいの頻度でスマホに入れたMicrosoft Authenticatorを利用する2段階認証が行われるという状態で、なかなかに使い勝手が悪いです…  しかも新しく配布されたパスワードが記憶できないくらい長い… 利便性とセキュリティは両立しない、と言わんばかりです。

2025年4月19日土曜日

メールについてのお願い

すでにニュースになっていますが、所属先の東海大学が17日木曜にサイバー攻撃を受け、大学のネットワークを停止しています。

これに伴い、所属先のアドレス(@tokai.ac.jpのアドレス)にはメールが届かなくなっております(実際には届いているようですがサーバーにプールされているらしく、私は判断がつきません)。

田中宛のメールは当面のあいだ、こちらで公開しているアドレス(shg.tanaka@gmail.com)にお願いします。

それにしても、授業や業務で使用するネットワークがすべて利用できない状態で、あれこれと対応が大変なことになっています…

2025年4月9日水曜日

夢ナビ動画

先日、大学広報の一環で高校生向け動画を収録したのですが、編集が終わって無事公開されました。



高校生向けの学問案内サイト「夢ナビ」の一部として収録されています。高校生向けなので語りは分かりやすくしてありますが、内容は「心」の本質をめぐる哲学的な内容になっていますので、大人にも楽しめるのではないかと思います。

取り急ぎご報告まで。

2025年4月1日火曜日

年度始め

前回の更新から1ヶ月以上経ってしまいました。気づけばすでに4月で新年度ですね。前回の更新からこの間、論文が2本公開されていますのでご紹介しておきます。

田中彰吾「現象学的認知科学の可能性」『学ぶと教えるの現象学研究』第21号,pp. 73-83.

田中彰吾「パラスポーツを通じた他者理解と共生」『パラリンピック研究会紀要』第23号,pp. 1-20.

前者は身体性認知科学の理論篇、後者は身体性認知科学の応用問題としてパラスポーツを考えたものです。特に後者は、冒頭でオートエスノグラフィーとして自分の体験について(河合純一氏に出会ったときのこと)書いております。ご一瞥いただければ幸甚です。

なお、今年度も東海大学文明研究所の所長は継続となります。今までと変わらぬご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。