2019年8月4日日曜日

Radical Embodied Cognition (8/27-28 立教大学池袋)

例によってイベントのお知らせ。約3週間後、立教大学で以下のイベントが開催されます。
 
Workshop: Radical Embodied Cognition
2019年8月27日(火)-28日(水)
立教大学池袋キャンパス本館1204教室
 
プログラム
8月27日
10:00-12:30
Ryosaku Makino : “How to co-operate daily activity between disabled person and his family”
Haruka Okui : “The Interactive Body Schema in Japanese Puppetry”
XU Zhu : “Embodied Belief and Self-knowledge”
13:30-17:00
Jean-Michel Roy : TBA
Ryoko Nishii: “Touching the body at Death: Muslim-Buddhist co-existence in Southern Thailand”
Shoji Nagataki : Facial and behavioral expression as a clue to understanding other minds: from a philosophical and an experimental viewpoint
 
8月28日13:00-18:30
Anthony Chemero : “Radical Embodiment and Real Thinking”
YU Feng : “Skill, Practical Wisdom and Motor intentionality”
Takayuki Tomono: “Does passing-through behavior change when you try to pass through two people while their gaze is or is not directed to you?”
Satoshi Sako :  “Projection as a Way of Embodied Learning ― On Metaphor and Abduction”
Shogo Tanaka : “Motor learning and body schema/image distinction”

 
田中は二日目の最後に登壇します。「Motor learning and body schema/image distinction」(運動学習と身体図式/イメージの区別)というタイトルでお話しします。ただいま、身体図式と身体イメージで論文を執筆中なので、それをそのままタイトルにしました。安易なやり方で申し訳ないのですが、発表と執筆を同時進行にしておかないと、仕事が多すぎて手が回らないのですよね…。

ところでこのイベント、新学術領域の「顔・身体学」の主催なんですね。秋にこの領域での科研費の公募があるので、次こそは申請したいなと思っています。このサイトをちょくちょく訪れてくれる研究者の方々、一緒に面白い企画を考えてみませんか?
 
 

2019年7月16日火曜日

IHSRC 2021 Tokyo

先月末、ノルウェーのモルデで開催された国際会議 (38th International Human Science Research Conference) に参加してきました。

モルデは北緯62度、しかも訪れた時期が夏至直後ということで、夜らしい夜がなくほぼ白夜に近かったです。初めての経験だったのですが、1週間現地にいるとかなり疲れました。というのは、深夜もずっと空が明るくて、ホテルのカーテンもなぜか薄く、眠りについても明け方まで何度も目が覚めてははっとして時計を見る、ということを毎晩繰り返していたからです。明るさ〜暗さのサイクルがいつもと違うので、「何時間寝たか」というのが覚醒時の明るさで直感的にわからないのですよね。

それで、表題の件です。昨年の大会に行った時に東京での開催を関係者に話してみて好感触だったので、今回は正式にビジネスミーティングで2年後の東京開催について提案してきました。…で、めでたくその場で承認されました!「東京開催なら参加したい」との声も複数寄せられ、とても好感触でした。北緯62度の街まで足を伸ばした甲斐がありました。

この学会は、現象学を中心とする人間科学、とくに心理・教育・看護・福祉などの関連分野の方々が集まって議論している場所です。現象学に由来する質的研究を実践する研究者が集まる学会としては、国際的にはもっとも長い伝統を持っていると思います。隔年で北米とヨーロッパを往復して開催されていて、アジアでは過去に一度だけ2001年に東京で開催されています。次の2021年は20年ぶり二度目のアジア開催、しかも40回目という記念すべき回になります。

これから準備が大変になりそうですが、関連する研究分野のみなさまは期待してお待ちください。日本で蓄積されている研究成果を国外に発信する貴重な場になることと思います。現役の研究者だけでなく、大学院生にも発表の場を広く開放したいと思っています。


 

2019年7月3日水曜日

合同研究会案内 (7/27 明治大学駿河台)

以下の通り、7月27日(土)に明治大学にて研究会を開催することになりました。今回は質的研究との接点で現象学について考えてみます。2016年に田中・渡辺・植田のチームで翻訳・刊行したD・ラングドリッジ『現象学的心理学への招待-理論から具体的技法まで』(新曜社)がとても近いテーマを扱っています。質的研究にご関心のあるみなさま、広くご参加をお待ちしております。
 

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心の科学の基礎論研究会(第85回)&エンボディードアプローチ研究会(第8回)・合同研究会

<シンポジウム「質的研究のための現象学とナラティヴ心理学」>
質的研究にかかわる研究者や臨床家のあいだでは、現象学もナラティヴ心理学も、一人称的観点からの語られる経験の記述を重視する方法として受け入れられてきた。現象学は、先入見を除いてありのままの経験に接近することを重視する。ナラティヴ心理学は、当事者による経験についての語りを内在的に理解しようとする。研究の焦点に違いはあるものの、「人々が経験していることの意味」の解明を目指している点では共通していると思われる。このシンポジウムでは、理論、臨床、事例研究など、それぞれが依拠する観点から現象学とナラティヴ心理学を論じ、質的研究における両者の交流を促進する機会としたい。

日時:2019年7月27日(土),14時〜17時
場所:明治大学駿河台キャンパス,研究棟4階・第1会議室
(https://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html)

プログラム
 司会:植田嘉好子(川崎医療福祉大学)
 14:00-14:10 趣旨説明:田中彰吾(東海大学)
 14:10-14:50 話題提供1  田中彰吾(東海大学)
  「ナラティヴ・アイデンティティと現象学的研究」
 14:50-15:30 話題提供2  渡辺恒夫(東邦大学)
  「「コミュ障」の批判的ナラティヴ現象学」
 15:30-15:50 休憩
 15:50-16:30 話題提供3  セビリア・アントン(九州大学)
  「自覚のための教育—ライフ・ストーリー面談とナラティヴ・セラピー面談の比較研究」
 16:30-17:00 ディスカッション
  指定討論者:森直久(札幌学院大学)

講演要旨
1)「ナラティヴ・アイデンティティと現象学的研究」田中彰吾(東海大学)
 よく知られるように、ナラティヴの概念は認知心理学者のブルーナーが1980年代に提起したもので、「ナラティヴ様式」は科学的研究を支える「論理-科学的様式」には還元できないとされる。この主張は、人間行動の科学的法則を探る量的研究とは区別して、人々の発する語りにもとづく質的研究を促進するものになっていた。ここから各種のナラティヴ・アプローチが派生することになるが、この発表で着目したいのは「ナラティヴ・アイデンティティ」の概念である。哲学者のリクールは、人々がみずからの人生について物語る行為が、物語の主人公としての自己アイデンティティを構成する点に注目している。人生を語るナラティヴには、自分の生きてきた過去を振り返り、将来の生き方の可能性をさぐることで、時間的に一貫した自己を構成する作用がある。現象学的心理学のラングドリッジは、リクールの考えを発展させ、社会的文脈との関係で語られざるままにとどまっている自己を読み解く方法を「批判的ナラティヴ分析(Critical Narrative Analysis, CNA)」として提唱している。この報告では、ブルーナーとリクールの考えを再度整理したうえで、CNAを中心としてナラティヴ心理学と現象学が連携する質的研究のあり方について考察する。

2)「「コミュ障」の批判的ナラティヴ現象学」渡辺恒夫(東邦大学)
 現象学とナラティヴ心理学は両立不可能と見なされることが多いが、リクールとラングドリッジの批判的ナラティヴ分析に基づいて考案された「批判的ナラティヴ現象学」では、現象学とナラティヴ分析が「地平融合」の過程で互いに収斂することを、「コミュ障」研究を通じて示す。このスラングは若い世代によって、「非社交的」「対人スキルに乏しい」を意味する自嘲語として広く用いられている。本研究(渡辺、2019)では社交上の困難を訴えてオンライン上の援助を求め、読者がアドヴァイスする4事例が検討された。ナラティヴ分析によって全テクストは「垂直的ナラティヴ」対「水平的ナラティヴ」に分類された。前者では問題の原因が当事者の意識外に求められるため専門家の介入を要する。原因を「資本主義的生産様式」や「脳の不調」に求めるマルクス主義的ナラティヴや医科学的ナラティヴが代表だ。水平的ナラティヴでは原因は地平(=視座)が違えば異なる相を見せる。読者とのやり取りの過程を通じて多くの「水平的ナラティヴ」に接することで自尊感情を回復し、重要な自己洞察に達する例に、現象学的な「地平融合」が認められる。

3)「自覚のための教育―ライフ・ストーリー面談とナラティヴ・セラピー面談の比較研究」  セビリア・アントン(九州大学)
 森昭(1915-1976)は戦後の日本教育学会を主導した教育哲学者のひとりである。森はプラグマティズムと実存主義を調和させ、その上に人間科学(特に発達心理学)を加え、「教育人間学」のアプローチを確立した。そのアプローチは教育における「自覚」「覚醒」を強調したが、その方法は「ナラティヴ教育学」と言える。森は二つの異なるナラティヴ教育を要求した―全体的なナラティヴ・アイデンティティのための教育、および、より流動的・偶然的なアイデンティティのための教育である。本発表において、私は、以上の二つのナラティヴ教育に相当するナラティヴ面談を考察したい。第一は、Dan McAdamsの「ライフ・ストーリー面談」(2008)である。理論的に見て、これは森の発達的教育論に類似している。第二は、マイケル・ホワイトとデイヴィッド・エプストンのナラティヴ・セラピーである。この方法は、教育カウンセリングにも応用されており、森の後者のナラティヴ教育に近い。私はこれを、Critical Narrative Analysisに類似した形で質的研究の面談として使えるものと考えている。以上をふまえ、最後に、ナラティヴ教育の授業(大学院)で取得した、両面談の(準備段階の)データを比較し、この二つのナラティヴの具体的な相違点と類似点を検討したい。
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2019年7月1日月曜日

立正大学哲学会 (7/6 立正大学品川)

またしばらく放置していたら月が変わってしまいました。
今週土曜日に以下のイベントがあります。

立正大学哲学会・2019年度春秋大会
2019年7月6日(土) 13:30-18:20
立正大学品川キャンパス 9号館地下2階 9B23教室
 

16時から武内大先生の講演「星の魔術-現象学的元型論の展開」があり、田中はそこで特定質問者として登壇します。

現象学とユング心理学の関係は、大学院生のころにずいぶん考えたのですが、その後ずっと放置していました。今になってまた考え直すことになるとは…。諸般の事情で準備の時間があまり取れないので、当日ご講演を伺いながら元型について久々に考えたいと思います。知覚的現実と想像的現実の関係が焦点になりそうな予感がしますが、どうなることやら。
 

 

2019年6月3日月曜日

取材3件

昨年末から年度末にかけて、取材を受ける機会が複数ありました。普段はインタビューする側として研究用のデータを収集しているのですが、インタビューされる側に回ってみるとそれはそれで新鮮ですね。いろいろと質問してくれる相手がいることで、自分の頭の中で十分に整理できていなかったことが、うまく言葉になって口を突いて出てくる場面が何度かありました。こういうのは明らかに、コミュニケーションがもたらす「創発」の一種なんだと思います。

取材内容が記事になって公表されているので、メモを兼ねて以下に記録しておきます。

1a) TechTech 〜テクテク〜 No.35
私の母校、東工大の広報誌です。「博士たちのキャリアデザイン論」という大学院進学希望者向けコーナーに登場しています。大学院入学当時から今までの研究履歴をものすご〜く手際よくまとめていただきました。自分ではこんなに簡潔にはまとめられないです(笑
https://www.titech.ac.jp/about/overview/pdf/techtech35.pdf

1b) 東工大ホームページ「研究者への第一歩」
なお、上の記事を拡充した内容のものが東工大のホームページにも収録されています。
「身体にもとづいた人間科学を追い求めて」(田中彰吾)
https://www.titech.ac.jp/graduate_school/first_step/career_design_tanaka.html

2) 人材応援 vol.8
先端科学と社会をつなぐ企業「リバネス(leave a nest)」の機関紙「人材応援」です。組織や人材開発に関係する研究を進めている研究者としてご紹介いただきました。同社の江川伊織さんからインタビューを受けたのですが、的確な質問をしてくれるので私もいろいろ気づきがあって楽しかったです。
「人と組織の探求者 23 :言葉を使わずに伝わる「何か」を身体から解き明かす」(田中彰吾)
https://lne.st/business/publishing/jinzai/

3) RESEARCH@TOKAI+ (特別号)
東海大の研究関連のパンフレットです。所属先の案件なのでいちばん気楽に受けられるはずなのに、インタビューとしてはこれがいちばん難しかったかも。松前賞を受賞された他の先生方が医学系なので、そうした人たちと並んだときに何を回答すると分かりやすく自分の研究の重要性を伝えられるのだろう…と考えてしまいました。
https://www.u-tokai.ac.jp/research/research_activities/reserch_at_tokai/

というわけで、これからも取材されるに値する研究を続けられれば、と思っています。それが目標ではないにせよ、「話を聞きたい」と思ってもらえるような魅力のある研究をしたいものです。
 



2019年5月24日金曜日

もうすぐ発売:Thinking about Oneself

更新できないうちにまた1ヶ月たってしまいました。GWは依頼原稿と研究費の申請書を書いているうちにあっという間に過ぎてしまい、気づけば元号も変わっていました…

それで、今回の更新は新著の案内です。友人のルカ・タテオ氏編集による以下の書籍がもうすぐ発売になります。先ほどチェックしてみたら、すでに書影つきでアマゾンのページができていました。

 


タイトルから伝わる通り、リフレクション(反省)がテーマの一冊です。教育や看護のような対人支援領域ではリフレクションを実践に取り入れることが近年盛んになっているようですが、そういう動きとも一脈通じている書物です。というのも、アマゾンの内容紹介にもありますが、行為と対立する作用として反省をとらえるのではなく、具体的な行為のなかに反省を置き直し、生活世界や心的機能のなかで反省が持つ意義を多角的にとらえたものだからです。

最初に原稿を送ったのが2年ぐらい前で、査読&改訂が終わったのも1年以上前でしたから、ずいぶん時間がかかりました。こういう共著ものって、結局早く原稿を出しても他に遅れる人がいるから、たいてい当初の出版予定より後にずれ込むのですよね…。まあ、でも、ちゃんと出版されるところまで話が進んだので安堵しています。担当箇所はこんな感じです。

Shogo Tanaka 
Chapter 9: Bodily origin of self-reflection and its socially extended aspects
 9.1 Introduction
 9.2 Body-as-object for oneself
 9.3 Body-as-object for others
 9.4 Empathy as a socially extended self-reflection
 9.5 A missing part of “me”: Self-reflection and social anxiety
 9.6 The place of beginning
 9.7 Conclusion

反省は基本的には「私が私の経験を振り返る」作用ですが、自己自身を客体化する二重感覚のような身体的経験(自分の手で自分の体に触れる経験)のなかにその萌芽を含んでいます。ただ、以前著作のなかでも論じたように(『生きられた〈私〉をもとめて』第3章)、そのような経験は他者によって客体化されることで初めて動機付けられます。なので、反省するという作用は、「私が私を客体化する」以前に「他者が私を客体化する」という経験にさかのぼって基礎づける必要があります。…といったことを考えていくと、たとえば5節で論じたような社交不安のような経験とも発生的には同じ根っこを持っていることがわかります。反省、自己意識、間主観性、共感、社会不安、をすべてまとめて考察した稀有な(?)論考になっています。ご関心のある方はお問い合わせください。

 

2019年4月24日水曜日

プロジェクション科学における身体の役割 (田中 2019)

こんにちは。前回の投稿からあんまり時間が経っていないので「やったー」と早めの更新を喜んだのですがすでに2週間も過ぎていたのですね…

今回は新しい論文が出ました、という報告です。『認知科学』のVol.26, No.1がプロジェクション科学の特集を組んでいるのですが、その一部として掲載していただきました。2017年12月に認知科学会の冬のシンポジウムがあり、そのときの主題がプロジェクション科学だったのですが、そのさいに話したことを論文化したものです。

内容は、ラバーハンド錯覚の意味を考え直し、フルボディ錯覚の再解釈を試みています。フルボディ錯覚は方法が二つあって、その二つが研究者のあいだでもやや混同されて論じられることがあるのですが、その違いについても触れてあります。また、そもそもフルボディ錯覚って身体の外部に自己が「乗り移る」ような感じとは違いますよ、という点についてもちゃんと考えました。

学会のジャーナルなのでそのうちJ-STAGEでも公開されると思いますが、昨日論文のPDFファイルをいただいたので一足お先にここで公開しておきます。

田中彰吾 (2019).「プロジェクション科学における身体の役割-身体錯覚を再考する」『認知科学』26(1), 140-151.

ご笑覧くださいませ。
 


2019年4月10日水曜日

お知らせ2件

前回の投稿から再度あっという間に1月たってしまいました。
 
この間、デンマーク出張&国際シンポジウム開催、レビュー論文の修正、出版社と打合せ、インゴルドのシンポ、大学の年度末業務、英文ジャーナルの査読、フックス読書会、大学の年度始め業務、単著の執筆、英文共著論文の修正、などなどをこなしていました。こうやって忙しく立ち回っていると、年度末や年度始めであっても、どこか気持ちのけじめがつかないので困ったものです。
 
ところで、このブログ上で告知したいことが2件あります。
 
その1。昨年度の認知神経リハビリテーション学会で講演させていただいたのを機に、その方面の関係者の方々とより議論を深める機会を折に触れて持つようになりました。その延長で、来月から「身体性リハビリテーション研究会」という名称で新たな研究会を不定期に開催します。臨床現場での身体性に深入りする場面が多くなりそうなので当面クローズドな集まりになりますが、リハビリと現象学、身体論に関心のある方はお問合せください。
 
その2。これまでの執筆者と査読者としての経歴を買われて…なのかどうかわかりませんが、哲学的心理学と理論心理学の国際ジャーナル『Theory & Psychology』のEditorial Boardとして加わることになりました。心の哲学や心理学の基礎論に関心のある方は、ぜひご寄稿ください。小さいですがインパクトファクターもちゃんとあります。日本ではこの分野の市場がいまだに小さいのですが、国際的にはそこそこの規模はあります。International Society for Theoretical Psychologyに参加されるとよくわかりますよ。
 
では、また。
  

 

2019年3月10日日曜日

『味わいの現象学』

面白そうな本が出ましたね。

村田純一『味わいの現象学-知覚経験のマルチモダリティ』(ぷねうま舎)2019年

いちばん面白そうでかつ全体にとっても勘所になっていそうな箇所(6章1節「触覚と身体」)はノートを取りながら読んだので要約をアップしておきました。研究アーカイブのページからどうぞ。

触覚を近感覚に分類し、視覚や聴覚から区別するというのが心理学での常識的な見方です。が、あらゆる感覚にはそれを伝える媒質が必要だとするアリストテレスの考え方からすると、皮膚が接触して触覚が生じるという見方は成り立たない、触覚を伝える媒質は身体(肉)である。6章はこんな議論から始まります。

詳しくは本文に譲りますが、6章のこの個所は、ギブソン、フッサール、メルロ=ポンティの知覚論と身体論を結ぶ要の議論が展開されていてとても面白いです。一方で、触覚にも視覚や聴覚と同じような「射映」の構造があるとしながら、他方で、触覚は自己との結びつきや世界内存在を支える仕掛けになっているという本書の主張には、見るべきものが大いにあると思います。

個人的には身体図式が知覚において果たしている役割について、納得するところが多々ありました。ご恵贈いただいた村田純一先生にこの場を借りて感謝いたします。


 

2019年3月9日土曜日

インゴルドと「あいだ」のシンポジウム(3/24 立教池袋)

こんにちは。
約2週間後ですが、インゴルドと「あいだ」のシンポジウムが立教大学で予定されています。

3/24 14:00〜17:00
インゴルドと「あいだ」のシンポジウム
http://kao-shintai.jp/news/files/20190324_Sympo.pdf
立教大学池袋キャンパス1号館1104教室

人類学者ティム・インゴルドさんの翻訳プロジェクトが現在進行中で、今回はそれに関係するシンポジウムです。固定された分野を軽やかに飛び越えるインゴルドさんの仕事にちなんで、人類学、哲学、心理学、教育学の分野からパネリストがそろう貴重な議論の機会になります。

田中は14:50〜15:30のセッションで指定討論のような形での参加になると思います。何を話すかまだ何も考えていないのですが、「あいだ」については言いたいことはいろいろあるので、準備はそんなに困らないかも、と思っています。

年度末の慌ただしいタイミングですが、関心のある方はぜひお越しください。