2024年11月9日土曜日

歴史的な一冊が出ます

本日、見本が届きました。




















 
 
待ちに待った刊行で、すごく嬉しいです! どのくらい待ったかは以下のポストを見ていただければ。

私も寄稿者の一人なのですが、当初の原稿を書き上げてすでに4年半経っています。執筆していたのはコロナ禍が始まった頃なので、かなりの時が流れました。なにせ編者の村田先生・渡辺先生含め執筆者が9名いますから、原稿の足並みが揃わなくでこれだけ時間がかかったわけです。

おそらく、本書は時間をかけてじわじわと読者を広げていくものになると思います。『心の哲学史』というタイトルがややまぎらわしいですが、本書は「心の哲学」の歴史を扱ったものではありません。編者お二人の名前から想像がつくとおり、「心の科学」を哲学史の観点から捉え直す試みです。

近代の心理学はヴントから始まるというのが定説になっていますが、そのヴントが『生理心理学綱要』を刊行した1874年、ブレンターノが『経験的立場からの心理学』を刊行しています。そしてブレンターノこそ、現象学を生み出したフッサールの師であり、他方ではゲシュタルト心理学派の源流に当たる人物なのです。

ブレンターノ〜現象学〜ゲシュタルト心理学と続く「心の科学と哲学」は、現代の身体性認知科学やギブソンの生態心理学へと連なっています。メインストリームの心理学と認知科学から離れた場所で、現象学という豊穣な哲学的思考につながった「心の科学」が脈々と受け継がれてきているのです。

ヴントとブレンターノの関係まで遡るとともに、最も新しい身体性認知と生態心理学まで、現象学を背骨として体系的に歴史を通覧している本書のような書物は、私の知る限り、海外でも類書はほとんどないと思います。その意味で日本の研究の水準の高さを知っていただける一冊になっていると思います。しかも本文638ページで税込3520円ですから、破格の安さです。

本書を紐解くことで、自ら「新しい心の科学と哲学」に挑戦してくれる次世代の若手が現れてくれることを心待ちにしています。

2024年9月28日土曜日

「eスポーツの身体論」(田中,2024)

また例によって1ヶ月近く更新できないまま時間だけが過ぎましたが…

新しい論文が出ました。

田中彰吾 (2024)「eスポーツの身体論-コンピュータに媒介される拡張身体の経験」『思想』2024年10月号(no. 1206)pp. 162-177

急に依頼されて時間のない中でとにかく書き上げたものなので「やっつけ」感が否めないかもしれません。が、ともかくeスポーツの基本になる論点はおさえてあると思います。とくに日本では「eスポーツはスポーツか?」という問いがいまだに問題になりがちなのですが、この原稿では「スポーツである」という立場を明確にして論じています。

そもそも、この問いが問いになる以前に、情報化する社会のなかでスポーツ経験そのものが情報技術によって媒介され変質しつつある現実があるわけなので、eスポーツをスポーツから除外しようとする問題意識のほうがむしろ近代スポーツのイデオロギーにとらわれているのだろうと思います。ことにVRが発展した未来においてはスポーツとeスポーツの境界はどこまでも曖昧になることでしょう。この論考がそういう未来の身体について垣間見る一助となれば。


2024年8月30日金曜日

共著『生きられた身体のリハビリテーション』

先ほど担当編集者の方から刊行の連絡があったので、こちらでもご報告しておきます。

田中彰吾・本田慎一郎
協同医書出版社,2024年9月25日発売
  



















 
先ほど協同医書のホームページに掲載されたばかりです。いつもは出版社の公式ページに載るより早くアマゾンにページができるのですが、今回はアマゾンに勝ちました(笑 だいたいいつもゲラの校正をやっている段階でアマゾンにページができるのですが、本書は校正も終わっていますし書影も先に出ているので、完勝ですね。
 
今回は、作業療法士の本田慎一郎さんとの共著です。冒頭1/3ぐらいが第一部で、身体性と自己をめぐる田中のレクチャーになっています。残り2/3が第二部で本田さんとの対談で、第一部の内容を実践的に深められる構成になっています。

以下、部分的にホームページから転載しますが、
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『豚足に憑依された腕 -高次脳機能障害の治療-』の著者、セラピストの本田慎一郎と、『生きられた〈私〉をもとめて -身体・意識・他者-』の著者、哲学者の田中彰吾によるリハビリテーションと現象学との実り豊かなコラボレーション!
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まさにこういう内容の本です。

生きられた身体、身体図式と身体イメージ、ミニマルとナラティブ、エナクティビズム、間身体性など、現象学とリハビリテーションを結ぶうえで重要なキーワードになりそうなポイントをめぐって対談が進展しています。ちょうど、JST-CRESTのプロジェクトで、認知神経科学・リハビリテーション・現象学を結ぶ「ナラティブ・エンボディメント」が進行中ですので、その最初の成果と言ってもいいかもしれません。
 
ところで、本田さんとの出会いは2018年の認知神経リハビリテーション学会に遡ります。懇親会でたまたまご一緒してあれこれ話し込んだのが最初だったのですが、セラピストになるまで&なってからの本田さんの過去の経緯を聞いているうちに不思議な感慨を覚えました。私は彼とは表面上はまったく違う人生を送ってきたのですが「ああ、あの時自分もこの選択ではなくあの選択をしていれば彼のような人生を過ごすことになっていたのではないか〜」という感慨です。言ってみれば、「このような生き方をすることもありえたもう一人の私」ですね。

本田さんの質問によって、リハビリテーション領域の皆さんにとって普段は聞きなれない哲学の概念がかなりわかりやすく伝わる構成になっているのではないかと思います。逆に現象学にとっては、それが生きた哲学になるかどうかが試される現場こそリハビリテーションにあるように思います。

どうぞお楽しみに。

2024年8月7日水曜日

書評が出ました(『身体と魂の思想史』)

拙著『身体と魂の思想史』を毎日新聞の書評で取り上げていただきました。

毎日新聞・今週の本棚

歴史家に拙著を取り上げていただいて恐縮です。見出しには「現代人の茫漠たる不安感を示す」とあります。第5章で取り上げた身体イメージの問題に注目すると、確かにそういう標題の付け方になるのかもしれません。

7月27日に書評として掲載されていたそうですが、著者自身にはどこからも連絡がなくてこの件については知らず、たまたま仕事のslack上でつながっているある先生に数日前に教えてもらった次第です。さっそく有料記事に会員登録してアクセスして中身を読んでみました。なるほど、古代ローマ史の大家である本村先生の目にはこのように映ったのか〜、という感想。キリスト教文化圏の霊肉二元論に関連づけて、現代の心身論の位置を論じられていました。本文よりも射程の大きい議論の中に拙著を位置づけていただき、ありがたい限りです。

おかげさまで、今のところ堅調に売れているようです。昨日たまたまアマゾンのページを見たら「講談社選書メチエ」の枠でランキング1位になっておりました。カスタマーレビューも比較的好意的なもののようです(今のところ、かもしれませんが)。

新聞といえば、いつもお世話になっている東海大学新聞の川島さんにも、本書について記事を書いていただきました。ホームページ掲載バージョンへのリンクを貼っておきます。

こちらは東海大学の創立者、松前重義の建学の理念にも言及して本書を紹介してくれています。確かに、ニーチェが「大きな理性」という言葉に託して考えようとした身体の智恵は、松前さんが考えていたことにも一脈通じているような気がします。

というわけで、引き続き本書を紐解いていただければ幸甚です。

2024年7月26日金曜日

Aware & Alive での講演

先日、北大のCHAINで開催された国際シンポジウム「Aware and Alive」に参加してきました。


私はロボットの意識について話してきました。Chat GPTを搭載したヒューマノイドAMECAの映像を手がかりに、ロボットが自己意識を持ちうるか考察しました。

当日の発表がYoutube上で公開されていますので、よろしければご覧ください。



2024年7月15日月曜日

言語教育におけるAI活用の展望 (8/26-27 北海道大学)

研究会のご案内です。昨年も同じ時期に開催された言語教育系の研究会になります。


2024年8月26日〜28日
北海道大学高等教育推進機構,S講義棟・S1講義室

参加費は無料ですが事前申込が必要とのことです。




















 
私は初日の講演に主に登壇します。テーマは「対話と身体性:大規模言語モデルにできることとできないこと」です。AIは自分の専門ではないのでLLMのメカニズムについてもいまだ勉強中ですが、人間の発話の原理との根本的な違いははっきりしているので、それを身体性に絡めて考えてみたいなと思います。

ちなみに、先日別の場所でトークした際に、AIと連動させているロボットのAMECAに言及しました。公開されているAMECAの動画をいろいろ見ていると、現状のLLMにできることとできないことがだいぶわかってくる感じがします。一方で、これだけ自然なコミュニケーションが人間とできることに驚きもおぼえますが…。いわゆる「不気味の谷」についても個人的には考えを改めつつあって、いずれ何か書くべきだなと思い始めています。

2024年7月5日金曜日

いろんな反響

また例によって更新できないまま1月ほど経過してしまいました。

この間、前回記事でお知らせした単著『身体と魂の思想史』が発売され、各方面からいろいろな反響をいただいています。著者宛にメールで寄せられる意見ですから基本的には好意的なものばかりなのですが(ありがとうございます!)、それらを読んでいて内容の違いに気づきました。みなさん強く反応する章が違うのですね。序章に記した私自身の緘黙の体験に反応する方、第5章の身体イメージ論に反応する方、第2章のライヒとボディワークに反応する方、第3章の実存主義的な生に反応する方、さまざまです。

読者の知識と背景に応じて読みやすさや惹かれやすさが違うのかもしれませんし、それぞれの章に違った味わいがあるということかもしれません。私としては、自身のこれまでの研究史をたどったものなので、どの章にも同じように思い入れがあります。後書きに書いた通り、この本は「スマート」ではなく「ワイズ」であるための書です。ワイズであることは、みずからの身体を生きることに他なりません。読後感を手がかりに読者自身がそれぞれの身体をより深く生きてもらえれば、と願うばかりです。

2024年6月1日土曜日

単著が出ます(『身体と魂の思想史』)

しばらく更新を怠るとすぐに一月近く経ってしまいますね。この間、海外出張があったりしていつもながら慌ただしく過ごしておりました。

さて、本日もお知らせです。しばらくぶりに単著が出ます。今回は講談社選書メチエから。編集を担当してくれた林辺さんが素晴らしいメインタイトルを付けてくれました。





















 
青みがかったターコイズグリーンというか、やや緑のマリンブルーというか、とにかく爽やかな色調の表紙に仕上がっていますが、本文は決して爽やかではありません。タイトルに「身体と魂」という言葉が入っている時点で、「深い」「暗い」「濃い」という連想が広がるのではないかと思います。まぁ、もともと私の書くものに爽やかさはおよそ似つかわしくないのですが。

サブタイトルの「大きな理性」はニーチェに由来します。ニーチェが『ツァラトゥストラ』の中で身体を「大きな理性」と呼んでいる箇所があるのです。

「身体はひとつの大きな理性だ。ひとつの意味をもった複雑である。戦争であり平和である。畜群であり牧者である。」(岩波文庫版、上巻五一ページ)

本書の依頼をいただいた時、この言葉をめぐって一冊書くことにすぐ決めました。その昔、ボディワークをテーマに修士論文を書いた際、最後にこの箇所を引用して論じ切れないまま終わっていたからです。四半世紀前に書いた修士論文に決着をつけるべく書いたのが本書です。…などと書くとまた「青臭い」と思われそうですが、書くというのはいつまでたっても青臭い——良く言えば色褪せない——自分の初心にこだわることなので致し方ありません。

ともあれ、読み応えのある一冊になったと思います。身体をめぐって、生きることの意味を考えたい皆さまに贈ります。

2024年4月29日月曜日

Hand to Face (Tanaka 2024)

このところ英語の論文は共著ばかりで単著がなかったのですが、ようやく1本出版されました。今回は「Japanese Psychological Research」に掲載されています。

Tanaka, S.  (2024). Hand to Face: A Phenomenological View of Body Image Development in Infants. Japanese Psychological Research.

上のDOIから本文にアクセスできます。PDF版もダウンロードできるようですのでぜひ。

2020年ごろから学会で発表してきた内容をようやく論文にまとめました。タイトルのHand to Faceはもちろん「手から顔へ」という意味ですが、これは幼児の身体イメージの発達を追ったものです。自己鏡像認知ができるようになるのに生後2年ぐらいの時間がかかることは以前から知られていましたが、その段階ではすでに全身のイメージが成立していると考えられます。では、全身のイメージが出来上がる過程で、順番としてはどの身体部位から始まってどの身体部位で終わるのか、既存のエビデンスから現象学的に考察してみたのが本論文の内容になります。で、「手から顔へ」のタイトル通り、幼児の身体イメージはおそらく「手」から始まって最後に「顔」で全体が形成されるという順番になっているのではないか、というのが私の仮説です。身体イメージや自己像の発達に関心のある方にお読みいただけると嬉しいです。

2024年4月20日土曜日

新しい論文 (Iriki & Tanaka, 2024)

年度末〜年度始めでまったくブログを更新できないまま時間が過ぎてしまいました。しばらくぶりのお知らせです。

先日、カリフォルニア大学出版局 (University of California Press) の雑誌『Global Perspectives』から新しい論文が出版されました。理研の入來先生との共著になります。

Iriki, A., & Tanaka, S. (2024). Potential of the path integral and quantum computing for the study of humanities: An underlying principle of human evolution and the function of consciousness. Global Perspectives, 5(1). https://doi.org/10.1525/gp.2024.115651

昨年の7月から理研の客員研究員を務めているのですが、そちらでの仕事の最初の本格的な仕事になります。ちなみに、所属は「未来戦略室」で、RIKEN Quantumの人文学分野(!)の共同研究に従事しています。Quantumは量子コンピュータ関連の研究を推進している部署になるのですが物理学、化学、計算科学などにならんで人文学の部門が設けられているのは驚きですよね。

私は学位論文の頃にユングの共時性を扱ったのですが、ユングの共時性が物理学者パウリとの共同研究に端を発していたことがあり、当時量子力学をわからないながらに随分学んだのでした。量子コンピュータが実用化されたことでひょんなことからまた量子力学の世界に迷い込むことになってしまったのですが、改めて学び直すなかで現象学との同時代性や発想の類似性にいろいろと驚いています。

この論文では、入來先生と重ねてきた議論の一部を形にしてあります。人類進化と意識の問題をファインマンの経路積分に絡めて論じるという壮大な知的冒険の論文になっています。面白いので多くの方に読んでいただけると嬉しいです。DOIをクリックすると本文にたどり着けます。