2022年1月18日火曜日

画面越しの再会

今日、北海道大学のCHAINでハイデルベルク大学のThomas Fuchs氏を招いてオンライン・レクチャーがあった。タイトルは「今日における現象学の意義」。私はFuchs氏とは旧知の間柄ということで、レクチャー後のディスカッション部分でモデレーターとして参加した。

コロナ前の2019年にお会いしたのが最後だったと思うので、かれこれ3年ぶりぐらいの再会。画面越しに見るFuchs氏はやや老けた印象があったが、語りのほうは以前と変わらずとても明晰で、現代の心の科学との関係で現象学の果たしうる役割を以下の3点にわかりやすくまとめておられた。老けた分だけ「老大家」みたいな雰囲気はやや増した感じだったかもしれない。

1) 認知神経科学との対話:主流派の表象主義的な考え方からすると、心が脳内の神経過程に還元されてしまうが、現象学は「生きられた身体」に着目することで、脳と身体の相互作用がもたらす「生きている感じ(feeling of being alive)」から意識の発生過程に取り組む。脳と身体のユニットである「生きられた身体」はまた、知覚-行為循環を通じて環境と相互作用しており、意識現象を脳・身体・環境という拡張された系のもとでとらえることができる。

2) 社会的認知の捉え直し:心の理論やシミュレーション説など、主要な社会的認知の理論は、他者の心を内的に隠されて直接アクセスできないものと前提している。現象学的に見ると、自己と他者は「身体化された相互行為(embodied interaction)」を通じて出会っており、その文脈のもとで、他者の身体は意図や感情を表出している。日常の相互行為の文脈では他者は内面と外面に区別できず、他者の心は直接知覚の対象として現れる。

3) 精神病理学:生きられた身体の現象学から出発することで、精神病理学に新たな知見をもたらすことができる。特に統合失調症の症状は「脱身体化(disembodiment)」をキーワードとして理解を改めることができる。身体化された暗黙のスキルが解体されること、他者とのスムーズな身体的相互行為が解体されること、これらのdisembodimentが症状の中心に見て取れる。

レクチャーの内容はざっとこんな感じだった。レクチャー終了後に質疑応答の時間を取ったが、そちらも大変盛況だった。質問が出なければ自分が何か質問しないとなぁ、と構えていたのだけど、結局終了時刻をオーバーしても質問が続くぐらい盛り上がっていた。

画面越しではあれ、旧知の先生と再会できたのは嬉しかったし、彼の暖かい人柄が語りから伝わってきて、旧交を温められた感じがしたのがなお良かった。ちなみに、今日のレクチャーは彼が2018年に出版した『Ecology of the Brain』の内容に沿ったものだったが、日本でももっと彼の仕事が知られるようになって欲しいものである。