2025年10月22日水曜日

希望を持つこと

事後報告で恐縮ですが、本日、佛教大学の保健医療技術学部にて「生きられた身体のリハビリテーション」と題する講演を行いました。学生さんからの質問も多く、活発な議論ができて良い講演会でした。

同大学の中西英一先生にお声がけいただいて実現した仕事だったのですが、今から13年前の2012年、私がまだ身体知研究会を主催していた頃、当時藍野大学におられた中西先生にお声がけして、研究会で講演をしていただいた前段があったのでした。

当時の先生の講演は今でもよく憶えています。統合失調症患者のリハビリテーションについて、現場をご存知の方だけが持つ独特の迫力があるご講演でした。

あれから13年、私自身、リハビリテーションの分野とも、精神科の分野とも、コラボレーションをする機会が多くなりました。その分野の知見については未だに素人の域を出ないのですが、昨年には関連する内容で著作を出すこともできました。

研究は今も遅々とした歩みですが、こうして旧交を温めることができるほど、互いに研究を続けられたことに感謝するばかりです。

スペイン語では希望を「esperanza 」と言いますが、語源の「esperar」という動詞は「待つ」という意味です。未来に向かって開かれた姿勢を保ち続けることが希望の意味なのですよね。その意味で、いろんな研究仲間ともう一度出会うことができるまで、これからも希望を持って研究を続けようと思った一日でした。


2025年10月19日日曜日

備忘録

「少し前からパソコンの調子が悪くて、集合時間について書いてあるメールを開くことができなかった」

「以前の慣例では集合が9時または9時20分になっていることが多かったので、今日もそのつもりで来た」

「今日は日曜日でいつもと電車の時刻表が違っており、乗る予定にしていた電車が来ず、駅でしばらく待たされた」

「それに加えて体調を崩しており、家を出るのがそもそも少し遅れた」

まるで子どものような言い訳である。が、言い訳の主は子どもではない。大学教授の肩書きを持つ大人である。9時集合(厳守)のところ9時38分に到着したある教授が以上のような愚にもつかない言い訳を重ねていた。それをたまたま聞き及ぶ場面に遭遇したので、備忘録として記しておこうと思った次第。

子どものような言い訳、という表現はむしろ子どもに失礼かもしれない。子ども以下の言い訳しかできないこんな教授には、反面教師としての価値さえなかろう。ただのクズである。

2025年10月10日金曜日

河野・田中 (2025) 注意欠如・多動症(ADHD)の身体性研究の鳥瞰図をえがく

前回更新から2ヶ月経ってしまいました…。書きたいことが特になかったわけではなく、むしろこのブログに書き留めておきたいようなことも沢山あるのですが、そんなことよりも目の前に押し寄せる仕事をひたすらこなしていたら何も書けずに2ヶ月あっという間に過ぎ去っていました。

さて、新しい論文が出たのでご報告です。

河野友勝・田中彰吾 (2025). 注意欠如・多動症(ADHD)の身体性研究の鳥瞰図をえがく:「生きられた身体」の現象学的視点から.認知科学,32(3),412-435.

雑誌『認知科学』の特集「不定性と逆境のなかの希望」に掲載されました。第一著者の河野さんは北大の大学院生で、認知科学と身体性と科学哲学をADHDのテーマに即して研究しているという珍しい方です。ここ3年ぐらい田中ゼミにも出入りして共同研究をしてきたのですが、その成果が論文として形になりました。

ぜひご覧いただければ。

2025年8月9日土曜日

『AIを外国語教育で使わない選択肢はもうない』

以下の書籍がまもなく出版されます。


この本に田中も一章を寄稿しております。

田中彰吾「第5章 AIとフレーム問題、記号接地問題、身体性」

AIと身体性をめぐる問題については、以前からフレーム問題と記号接地問題が議論されていますが、ChatGPTのような生成AIの登場によってこれらの問題は解消されたのでしょうか? 昨年8月に北大の研究会に呼ばれた際にこのテーマでお話ししたのですが、この章は当日の講演内容をほぼそのまま文章にしたものです。どちらかというと、フレーム問題より記号接地問題のほうが真の解決は難しいと思われますが、その理由を現象学的に整理してあります。ぜひ紐解いていただければ。

2025年7月1日火曜日

パラスポーツを通じた他者理解と共生 (田中, 2025)

今日大学に出校したら『パラリンピック研究会』紀要・第24号が届いていました。それで今さらながら思い出したのですが、3月末に出た前号の第23号に、私も寄稿しておりました。以下の論文です。

田中彰吾(2025)「パラスポーツを通じた他者理解と共生」『パラリンピック研究会紀要』第23号,pp. 1-20.

以下のページからダウンロードしてご覧いただけます。
http://para.tokyo/2025/04/23-1.html

冒頭の1節と2節で、私自身の経験について現象学的な記述を試みています。1節はパラリンピック委員会委員長の河合純一氏との出会いを、2節はパラスポーツのゴールボールを観戦した経験を取り上げています。障害のことを扱うようになってから、障害に接する自分自身の経験を記述することが特に大事だと思うようになりました。健常者の中に潜む微妙な偏見を理解するためです。いずれ、こういうオートエスノグラフィのような記述をもっと本格的に書いてみたいなと思っています。

2025年6月30日月曜日

新しい自然の概念

先日読み終えたバラッド『宇宙の途上で出会う』をめぐって、いまだつらつらと考え事をしています。バラッドが論じるエージェンシャル・リアリズムの立場が、メルロ゠ポンティが晩年に書いていた「肉の存在論」に近いように感じて、彼の晩年の講義録を読み直していたら、ありました、量子力学に関する記述が。昔斜め読みしたときは気に留めていませんでしたが、講義録『言語と自然』の中にある「自然の概念」の中で少しだけ量子力学に触れていました。

量子力学では古典力学的な因果律が通用しないのですが、それに言及しつつ、現代科学の中から新しい自然の見方が生まれつつあると指摘しています。ただ、科学それ自体から新たな自然概念が登場するとはメルロ゠ポンティは見ていなかったようで、むしろそれを後押しするには哲学による議論の深化が必要だと見ていたようです。さらに、登場しつつある自然感を掘り下げるのに必要なのが現象学的な知覚理論であり、(明確な言及はありませんが)肉の存在論である、と考えていたようです。ポスト近代科学的な自然観を新しい存在論として提示する、というのが彼の狙いだったのですね。

これはとても重要な着想で、引き続き考えようと思い立った次第です。

2025年6月23日月曜日

インタラクションとイントラアクション

買ってから1年以上積読になっていたカレン・バラッド『宇宙の途上で出会う』を読みました。ニールス・ボーアの量子力学をめぐる思索を「エージェンシャル・リアリズム」という独自の哲学的立場に発展させた一冊です。分厚いですが、すごく読み応えのある本でした。

フェミニズムにも影響を受けている著者なので身体についてもっと言及があるかと思いきや、実際にはそうでもないところが個人的には物足りなかったです(最後の章に出てくるクモヒトデの例が多少は参考になりました)。晩年のメルロ゠ポンティが「肉」という概念で考えたかった存在論はエージェンシャル・リアリズムの立場にも近いように思われるので、肉と身体の関係を考えていけば、読後に物足りなかった点を自分自身で考えられるかな、などということをぼんやりと考えています。

他方、バラッドが「エージェンシー」という概念を生物から物質へと拡張しているのですが、このアイデアはエナクティビズムの拡張と親和性があるように思います。生物が行為を通じて自己と環境を差異化し、相互作用(インタラクション)を通じて環境を認知している様子は、宇宙が内部作用(イントラアクション)を通じて自己自身を差異化しつつ物質・時間・空間を構成し、自己自身を認知している様子とパラレルに理解できそうです。

ともあれ、読みながら考えたことを自分でも形にせねば、と思わせてくれる一冊でした。


2025年6月12日木曜日

インタビュー記事が出ました

このたび、『日本バーチャルリアリティ学会誌』に記事が掲載されました。


若手研究者の畑田裕二さんがインタビューをもとに記事にしてくださったものです。ミニマルセルフとナラティブセルフ、経験を記述する言葉、身体図式など、VR研究と現象学の接点について、ツボをおさえた話になっていると思います。短いですが読み応えはあると思いますので(畑田さんの質問のおかげです)、ぜひご覧ください。


2025年5月31日土曜日

Phenomenology and the Cognitive Sciences

6月1日付で、SpringerNatureから刊行されている学術誌「Phenomenology and the Cognitive Sciences」の編集委員会メンバーに新たに参加することになりました。すでにホームページに反映されていますので、1日早いですが公表しておきます。

この雑誌は2002年に刊行が始まり、今年はVolume 24が発行されています。もともとShaun GallagherとDan Zahaviが始めた雑誌で、現代現象学を代表するジャーナルになります。私はこの雑誌で自分の論文を今まで発表したことがないのですが、これを機に何か書こうかと思っています。

海外のジャーナルの編集委員は何件もやっていますが、査読がしんどいなぁと感じることが近年増えました。自分の勉強になっているのでその点ではありがたいですが、年齢のせいか、最新の研究でもそれだけでは面白いとは感じなくなりつつあります…。自分自身が新しいものを追い求めるよりも、これまでの学びをまとめるべき年齢になりつつあるからなんでしょうね。

でも、いくつになっても新たな学びに開かれた姿勢を持ち続けたいものでもあります。そういう思いもあって、今回の依頼は引き受けることにしました。良い論文に出会えることを楽しみにしています。

2025年5月19日月曜日

こころの科学とエピステモロジー vol.7

オンラインジャーナル『こころの科学とエピステモロジー』の第7巻が刊行されました。田中は何年か前からほとんど名ばかりで編集長を仰せつかっておりますが、この雑誌が今まで刊行を継続できているのはひとえに渡辺恒夫編集部長のおかげです。この場を借りてお礼申し上げます。

J-STAGE版

また、本誌では「こころの科学とエピステモロジー奨励賞」を授与しております。博士課程の大学院生やポスドク研究員など若手の皆様は今後も奮って本誌にご投稿いただければ幸いです。