2017年1月3日火曜日

仕事はじめ

今日は2日でした(時計の上ではすでに日付が変わって3日です)。

ドイツでは普通に仕事はじめの人もけっこう見かけます(クリスマスは国民的休暇ですが)。私も昼から普通に仕事。年末にいちど書き上げた依頼原稿の手直しでした。所属先の研究所が発行している『文明』という雑誌の依頼原稿です。昨年7月に「文化心理学ワークショップ」というイベントを開催したので、その報告。以下、その一部です。
 
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 「文化心理学」という名称を最初に聞くと、多くの方は「異文化との出会い」や「文化の違い」といったイメージを持たれるのではないかと思う。グローバル化が進展しつつある社会においては、「文化」という言葉や概念そのものが、異文化に接触する経験と、そこから反省される自文化のあり方、というしかたで焦点化されやすい。心理学でもこうした発想にもとづく研究は「比較文化心理学(cross-cultural psychology)」と呼ばれる分野でなされている。特定の心理作用について、異なる文化的背景を持つ研究参加者のデータを収集・比較し、文化が心のはたらきに与える影響を明らかにしようとする研究である。
 しかし、文化心理学はこうした見方に立つものではない。比較文化心理学は、「文化」がその内部にいるメンバーに対して均質に作用し、その外部のメンバーに対しては異質に作用することを前提としている(詳しくは次を参照:J・ヴァルシナー『新しい文化心理学の構築』サトウタツヤ監訳,新曜社,2013年)。ところが、全メンバーの均質性を想定できるほど現代社会は単純ではない。各メンバーが多様な組織・集団・制度にまたがって生活を送る複雑な社会である。そうした社会で、過度に一般的な「●●文化」というラベルのもとで集団間の比較を行っても、得られる知見の信頼性にはおのずと限界がある。
 ただし、人間の生にとって、また、それと切り離せない心のはたらきにとって、文化は無視できない重要な要因である。そこで文化心理学が着目するのが「記号」である。記号は、交通信号から呪術的な象徴まで、それ自身とは別の何かをあらわす。ヴァルシナー氏の著作には、哲学者パースの記号論の引用に続いて、次の印象的な一文が登場する——「記号は心によって作られ、心は記号を通じてはたらく」(p. 29)。私たちの心は、意味を伝える存在としての記号を生み出すとともに、その記号を通じて記憶や想像や思考といった高次の機能を実現している。文化は、心の外側にあって人々の行動を型にはめる鋳型のようなものではなく、むしろ、心に内在して心の機能そのものを可能にする記号の総体である。
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ヤーン・ヴァルシナーの仕事は、日本ではあまり良く知られていないと思います。邦訳が2013年に出て少しずつ知られてきているところでしょうか。恥ずかしながら私もそれほど深く知らなかったりします。が、英語圏、とくに理論心理学の界隈ではけっこうな大物感がある人物です。関心のある方は彼の上記著作に触れてみてください。

私自身は、自分が文化心理学をやっているとは思っていませんが、身体性と文化について考える必要があるとこの1〜2年ぐらい強く思っています。比較文化的なアプローチではなく、ひとが文化を身体化する過程を考えてみたいのです。道具が身体化されるというのは身体論の世界では常識ですが、道具の延長で言語と記号がどう身体化されるのか、具体的なトピックを題材にして読み解く作業が必要だと思っています。