研究アーカイブのページに以下の資料を追加しました。
Ataria, Y. (2015). Dissociation during trauma: the ownership-agency tradeoff model. Phenomenology and the Cognitive Sciences, 14, 1037-1053.
トラウマ周辺で生じる解離症状を探った文献です。イスラエルでテロの生存者にインタビューを実施し、そのナラティヴを分析しながら症状の身体性を探ったもの。引用されるインタビューの内容はかなり生々しいものがありますが、要約にはほとんど反映していません(その点に興味がある方は本文を読んでみてください)。
この論文のオリジナルな貢献は、その貴重なインタビュー内容もさることながら、副題にある「ownership-agency tradeoff model」です。トラウマ周辺の解離症状を探っていくと、身体の所有感と行為の主体感がトレードオフになっていて、主体感が強化されると所有感が下がり、所有感が強まると主体感が下がるという関係を明らかにしています。両者が均衡しているのが通常の身体の状態であると。
トラウマ的な事象に襲われると、身体から自己が分離したり、痛みを感じなくなったり、どうやら誰もが解離症状を経験するようで、それ自体、適応的な意味をもつようです。いわば、「この悲惨な状況を経験している自分は自分ではない」というやり方で自己を解離させてしまうことでその場を乗り切っているのですね。これは「防衛機制としての解離」と呼ばれます。
ただ、その一方で、激しい痛みを感じながらも身動きがとれず凍ったようにその場で固まってしまうように、あまり適応的な意味を持たないように見えるケース(それでも「頭の中が真っ白になる」というような解離は生じています)もあります。この場合、解離は防衛機制のように見えません。
結論で明確に述べられていないのですが、著者は、主体感と所有感のトレードオフ・モデルで、防衛機制としての解離と、そうでない解離をともに説明できると考えているようです。これは非常に興味深い着眼ですし、所有感と主体感の問題を(さらにはミニマル・セルフの問題を)、神経科学系の議論とはまた違ったしかたで考えさせてくれます。
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