2017年8月16日水曜日

現象学からはじめる書棚散策

今週から現象学関連本のブックフェアが始まっているそうです。植村玄輝・ 八重樫徹・吉川孝(編)『ワードマップ 現代現象学』(新曜社)の刊行記念とのこと。リンクしておきます。 
酒井泰斗プロデュース「いまこそ事象そのものへ! 現象学からはじめる書棚散策
 
刊行されたワードマップそのものも目次を見ると良質な現象学入門書の印象を強く受けますが、ブックフェアで列挙されている書籍リストもすごいです。分量的に通常のブックフェアをはるかに超えているのですが、それだけではなくて、選書されている書籍を眺めると、ある「ゲシュタルト」のようなものが見て取れます(そのような気がします)。
 
…こう言えばいいんでしょうか。現象学の初心者がすいすい読めてわかった気になるようなヤワな本はまったく選ばれていないように見受けられます。が、読むことを通じて現象学の深みに入っていけるような本が多い印象なのです。
 
ここで「現象学の深み」と言ってみたのは、現代の現象学が圧倒的な量のテクストとともに生み出している言説の文脈、という意味もありますが、それだけではありません。ブックフェアの趣旨文で酒井氏がこんな風に述べていますが、
 
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本書『ワードマップ』では、現象学が「経験の探究」として提示されていますが、ここでいう経験は、私たちが世界の中で様々な対象に出会い・様々なやり方で関わることを指しています。つまり、物事を経験の相において、経験される事柄 と 経験する者 を切り離さずに捉えることをとおして 哲学的課題に取り組む探究のプログラムとして、現象学が特徴づけられているわけです。
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ここに書かれている意味で、「経験の探求」にもっと深く入っていける導きになるような本がたくさん並んでいます。個人的にも、かつて大きな影響を受けた本や、いまだに大きな影響を感じ続けている本が多く並んでいて、感慨深いものがあります。
 
…いやいや、感慨にふけりたいのではなくて告知がしたかったのでした。選書されたもののなかに、田中も関係している書籍が3冊あります(選んでいただいて感謝です)。ブックフェアに行ってみようと思っている皆さま、この機会に書店で手を伸ばしてみていただけると幸いです。
 
ダレン・ラングドリッジ『現象学的心理学への招待:理論から具体的技法まで』(田中彰吾・渡辺恒夫・植田嘉好子訳),新曜社,2016年(現象学に裏づけられた質的研究のガイドブックです。著者のラングドリッジさんは来週の国際理論心理学会で来日されます。8/22に基調講演、8/24にはシンポジウムで登壇をお願いしています。プログラムはここで確認できます
 
田中彰吾『生きられた〈私〉をもとめて: 身体・意識・他者 (心の科学のための哲学入門 4)』北大路書房,2017年(心の科学の近年の知見と現象学の古典を往復しながら、身体・意識・他者というテーマに沿って自己アイデンティティの根源に迫っています)
 
S・コイファー&A・チェメロ『現象学入門:新しい心の科学と哲学のために』(田中彰吾・宮原克典訳),勁草書房,未定
 
最後のものだけ未刊です、すみません。前にここのブログ記事で紹介したときは訳文作りが進行中でしたが、先日ようやく一通り終わりました。ただいま、2018年早めの刊行を目指して共訳者の宮原克典さんと奮闘中です。この本は、新しい心の科学を生み出すことが現象学の未完のプロジェクトである、という歴史的なパースペクティヴで書かれたユニークかつ注目の現象学入門書です。心の科学から現象学に入りたい人にとっても、逆に現象学から心の科学と哲学の未来を考えたい人にとっても、必須の入門書になるはず(?)です。
 
ブックフェアは紀伊国屋書店新宿本店3階で開催中とのことです。新宿にお立ち寄りのさいはお忘れなく。
 

 

2017年8月12日土曜日

シンポジウム:Focusing on the narrative self in human sciences

帰国後のISTPでの発表を準備しています。今日はとりあえず25日午前の以下のシンポジウムの準備。

8/25 11:00-12:30  Room A1203
[Symposium 34]
  Focusing on the narrative self in human sciences
[Organizer]
  Kayoko Ueda (Kawasaki University of Medical Welfare)
[Presenters]
  Kayoko Ueda (Kawasaki University of Medical Welfare)
  Masahiro Nochi (The University of Tokyo)
  Shogo Tanaka (Tokai University)
[Discussant]
  Ken Nishi (Tokyo Medical University)

タイトルを日本語にすると「人間科学におけるナラティヴ・セルフを焦点化する」と、ちょっとぎこちなくなってしまいますが、趣旨はこういうことです。
 
心理・教育・福祉・看護など、対人支援領域での質的研究においてナラティヴ・アプローチは重要な位置を占めています。ただ、理論的には問題も多くあります。本人の語りを重視するといっても、インタビューを受ける側の研究参加者の観点はもともと研究者の観点とは異なりますから、研究者が理解できることにはおのずと制約があるかもしれません。一方、インタビューを深いものにしてナラティヴを分厚いものにすれば、その分だけ理解が深まったとしてもデータは参加者と研究者の共同作業の産物になり、妥当性の確保が難しくなっていきます(別の研究者が同じ題材に取り組んでも、まったく違う記述になる可能性があります)。また、ナラティヴが聞き手の前での語りだとすると、聞き手が変わると内容が変わってしまったり、聞き手の態度や関心によって語りの内容が変化したりといった問題もあります。
 
なので、エビデンス・ベースでないアプローチであることに由来するさまざまな理論的問題がナラティヴ・アプローチには内在しているのですが、それをポジティヴに解消する手立てとして「ナラティヴ・セルフ」というキーワードを立ててみてはどうか、というのが今回のシンポの趣旨です。ナラティヴだけではなく、研究参加者のナラティヴ・セルフまで迫ることができれば、研究者の側の恣意性を超えて、より一貫性と妥当性をもってナラティヴを理解する手がかりが得られるのでは、という提案になっています。(ちなみにエビデンス・ベースのアプローチにはそれ固有の理論的な問題点が多々ありますので、誤解なきよう)。
 
パネリストの植田先生と能智先生が事前に報告内容のレジュメを送ってくれたのですが、それを見ていて興味深いことに気づきました。お二人とも、ナラティヴの理解が研究者の側の主観に引きずられないよう、いかにして研究参加者を正確に理解できるかという問題意識を追求しているのですが、そのさい、参加者の身体、語りの裏にある沈黙、情動など、いわば「当事者の実存」に着目しているのです。
 
つまり、シンポはさしあたり「ナラティヴ・セルフ」を提案するものなのですが、二人ともそれを少し超える場所を指向しているようなのです。「ナラティヴ・セルフ」は、本人のライフストーリーを背景にして構成されているアイデンティティですから、基本的には「物語の形式で語られた自己」であり、「語りうる自己」です。対して、とくに能智先生は写真に映ったある男性の身体を時系列で追うことで「語り以前の語り」を読み解こうとしていて、まさに当人の実存に迫ろうとしています。
 
私もこのシンポの準備をしていて「ナラティヴ・セルフ」の概念の歴史をたどり直しながら考えたのですが、ライフストーリーとしてのナラティヴはある観点から人生を俯瞰したときに紡ぎ出される物語であって、「ある観点」それ自体は物語のなかに登場してきません。ここでいう「ある観点」とは、語りを紡ぎ出している現在の時点で、身体を通じて私が生きているところの、世界との関わりです。
 
これは、ハイデガー風に「気分」と言ってもいいかもしれませんし、ジェンドリンのように「フェルトセンス」と言ってもいいかもしれませんが、「暗にそう感じてしまっているもの」なので、語り全体を脚色するものでありながら、はっきりと言語化されて語りのなかに表出しません。いわば、語りを支える語り手そのもののスタンスなので、これが語りのなかに盛り込まれれば物語全体のフレームが変化してしまうはずのものです。実人生でそのようにナラティヴが変化すれば、当人の生き方そのものが変わってしまうことでしょう。
 
いずれにしても、ナラティヴを問うていくと、その向こう側にある語り手の実存を問う必要がありそうなのですが、三人ともそれぞれのしかたでそういう深い問題意識を共有しているようです。西先生の指定討論でどんなコメントが出てくるかも含めて、当日の議論を楽しみにしています。
 

 

2017年8月5日土曜日

北大路書房のレア本

知人が興味深い写真を送ってくれました。
都内某所のジュンク堂では、拙著はこういう感じで置かれているそうです。
 

画像を特大表示にしているのですが見えるでしょうか? ほとんど無理かもしれませんね(もちろん私はすぐに見つけられるのですが)。左から10冊目が拙著です。
 
収録されているシリーズが「心の科学のための哲学入門」なので、心理学の棚にはおかれていないのですね。この段はほぼすべて「心の哲学」の関連書で埋まっています。北大路書房の本で心理学の棚に置かれないのって、けっこうなレア本なんじゃないでしょうか?
  
そして、上の段をみると右端にステレルニー、ソーバー、といった生物学の哲学者らしき人たちの本が。一番右の帯だけ見えてるのは…どうやら職場の同僚の松本俊吉さんの著作『進化という謎』では? この段は「生物学の哲学」関連の書籍が多いみたいです。
 
ということは、書棚が科学哲学のコーナーってことですね。ネット書店ではなくてリアル書店に行かれる方は、ぜひ科学哲学のコーナーに行ってみてください。それで、拙著を見かけたらぜひ手に取ってみてください。私のかけた魔法できっと買いたくなります(笑
 
そういえば、もうすぐ紀伊国屋新宿本店で「現象学ブックフェア」が始まるそうですね。『ワードマップ現代現象学』の刊行記念らしいですが、選書の中には田中の『生きられた〈私〉をもとめて』も入っていると風の便りでききました。日本ではマイナーな「現象学と認知科学(Phenomenology and the Cognitive Sciences)」の路線の本にまで気を配っていただいて嬉しい限りです。関係者の皆さん、ありがとうございます。帰国したらすぐに紀伊国屋に行かなくては。