本日、千葉県勝浦市の国際武道大学にお招きいただき、講演を行ってきました。私自身、長年「身体性の哲学」を専門としてきましたが、武道の世界の方々と本格的に対話をするのは今回が初めての経験です。
準備段階では、私の研究の柱であるメルロ=ポンティの身体論が、果たして武道の峻烈なリアリティに届くのかという一抹の不安もありました。しかし、いざ蓋を開けてみると、そこには驚くべき共鳴が待っていました。
講演のひとつの切口としたのは、メルロ=ポンティの「間身体性(intercorporéité)」です。
私の身体と他者の身体は、孤立した点ではなく、一つの知覚の場において重なり合っています。武道家が日常の修練で研ぎ澄ませている「気」や「間合い」は、まさにこの「身体と身体が浸透し合う場」そのものです。命をかけた技のやり取りとは、単なる物理的な衝突ではなく、互いの身体的基盤が交差する極限の対話である。ここまでは、現象学の言葉で十分に記述できる手応えがありました。
しかし、対話の中で浮上した驚きの発見は、その「先」にありました。それは、近代哲学の祖・デカルトと、日本の剣聖・宮本武蔵の対照性です。この二人が同時代人だったということを、その場でご指摘いただいたのです。しかも、共に17世紀初頭の「戦乱」という極限の状況に身を置いていました。
デカルト:オランダで軍隊に身を置き、三十年戦争に従軍。「われ思う、ゆえにわれあり」。
宮本武蔵:関ヶ原の戦いをはじめ、数々の死線を潜り抜け『五輪の書』を編纂。
同じ動乱の時代を生きながら、二人が導き出した「身体」の扱いは、驚くほど対照的でした。デカルトは、戦時中の冬、ストーブのある部屋に籠もり、徹底的な「方法的懐疑」を行いました。彼は、肉体さえも疑い得るものとして切り捨て、揺るぎない精神の拠点としての「我思う、ゆえに我あり(コギト)」に到達しました。ここでは、身体は精神から分離された「延長(物質)」に過ぎません。西洋近代を決定づけた「心身二元論」の誕生です。
一方、武蔵はどうだったか。彼は、死が隣り合わせの戦場において、身体を物質として突き放すのではなく、むしろ刀や環境、さらには相手の意図までをも自らの身体の一部として統合していく「心身一如」の境地を突き詰めました。『五輪の書』で語られる「空」の境地は、思考による分析ではなく、身体そのものが世界に開かれ、即応する究極の知覚状態を指しています。
一方は、静止した部屋の中で身体を「消去」することで真理を求め、一方は、動乱の渦中で身体を「極限まで拡張」することで真理を掴んだ。西洋近代哲学がデカルト的な「身体なき理性」を歩んできたのに対し、武道は「現象学的・身体的基盤」を、文字通り命懸けで保存してきた伝統と言えるのかもしれません。デカルトと対決してきた私自身が、武蔵という先人が生きた日本という場所に生まれていたことに、深い思いを馳せる帰り道でした。メルロ゠ポンティからデカルトを経由して、武蔵の生きた日本を再発見する。これは日本人としてなんとも感慨深いです。
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