2021年9月18日土曜日

アイデア満載の論文

以前このブログで理化学研究所の入來篤史先生のラボを訪問したさいのことを書きました。

 「入来ラボを訪ねました」 

ご一緒した青山学院の鈴木宏昭先生も交えて、人類進化についていろいろと根源的な事柄を議論させてもらいました。その際の議論を入來先生が中心にまとめられた論文が出版されました。京都大学が発行している心理学の欧文誌「PSYCHOLOGIA」に掲載されています。J-STAGEからアクセスできます。 

THE SAPIENT PARADOX AND THE GREAT JOURNEY: INSIGHTS FROM COGNITIVE PSYCHOLOGY, NEUROBIOLOGY, AND PHENOMENOLOGY 

Atsushi IRIKI, Hiroaki SUZUKI, Shogo TANAKA, Rafael BRETAS VIEIRA, Yumiko YAMAZAKI 

副題に「認知心理学、神経生物学、現象学からの洞察」とある通り、人類進化をめぐって学際的な議論が展開されています。焦点は、ヒトはなぜアフリカを出て地球上の広範囲に生息地を広げたのか、さらには文明を各地で同時多発的に形成し始めたのか、という点にあります。 

「三元ニッチ構築」(神経ニッチ、認知ニッチ、環境ニッチが相互作用しつつ全体として進化する)という理論を入來先生は以前から展開されていますが、田中は「環境ニッチ」に対応する論考を分担しました。 

身体性認知から見ると、脳は「身体-環境」の相互作用の文脈に埋め込まれることでその機能を発揮しているように見えます。ヒトならではの「身体-環境」の相互作用には、直立二足歩行したこと、それにより前後軸-上下軸が分岐して「地平線」を発見したことがあります。 

直立して歩くには自己の立脚点を参照し、自己身体を世界空間内に明示的に位置づける必要があります。これは、自己身体を対象化し(身体イメージを作る)、さらに自己を世界に投射(プロジェクション)して位置付ける認知活動と密接に関わっていると思われます。つまり、身体認知、自己意識、世界内存在という一連の認知能力はすべて「直立二足歩行」という連環のなかにあるわけですね。 

こういう議論は、1980年代に活躍した身体論研究者の市川浩がすでに着想として持っていたのですが、人類進化という文脈に落とし込んで議論した現象学者は皆無だったと思います。 

詳細はぜひ上記論文をご覧ください。二次体性感覚野の神経科学研究、認知におけるプロジェクション科学の研究と連動して人類進化の問題が論じられています。これだけ文理融合的で豊かなアイデアを高いレベルで統合している論文はなかなか例がないだろうと思います。