2026年9月17日木曜日

デカルト・キャンパスで暮らす

しばらく前からリヨン大学高等研究所(Collegium de Lyon)でフェロー生活を送っています。

いま暮らしている研究者用のレジデンスは、エコール・ノルマル・シュペリウール・ド・リヨン(ENS de Lyon)の敷地内にあります。ENSリヨンは理系中心の「モノー・キャンパス」と、人文社会科学系の「デカルト・キャンパス」に分かれているのですが、私がいるレジデンスはデカルト・キャンパスの中に位置しています。

身体性認知を探求する私からすると、なんとも皮肉です。いわば、学問上の「最大の仮想敵」とも言える人物の名を冠したキャンパスのだだ中に、いま自分の身体を文字通り置いているわけですので。

ただ、一方で、これはとても光栄な巡り合わせでもあります。現代の身体論や身体性認知科学の文脈において、デカルトはしばしば「打倒されるべき悪役」のように単純化して語られがちです。ですが、方法的懐疑を突き詰め、その果てに近代的自我の輪郭を切り拓いた彼の思考の強靭さにには、見習うべきものが多々あります。彼がいなければフッサールの超越論的現象学も現れなかったでしょう。彼のような好敵手が存在したからこそ、現象学も身体性認知も、ここまで発展することができたのだと思います。

そう考えると、デカルトの名前が刻まれた広場を抜け、自室へと戻る日々の散歩道も、偉大な先人と無言の対話を交わしているような心地よい緊張感を帯びてきます。この無言の対話を通じて、いかにして身体のリアリティを紡ぎ出せるか。良い思索の場に恵まれたと感じています。