2021年3月22日月曜日

『他者のような自己自身』第7研究

研究アーカイブのページにリクール『他者のような自己自身』第7研究のレジュメを追加しておきました。

『他者のような自己自身』第7研究

この章では「善い生き方」が探究されます。生き方を考えるというのは昔から哲学の主題のひとつだったわけですが、リクールはこれをたんに個人の問題とはとらえず、他者との関係、制度との関係まで視野に入れて論じています。章の途中では「友愛」を題材にして他者との関係で「善い生き方」に考察がおよび、最後の節では「正義」を題材にして制度との関係で「善い生き方」についての考察がなされています。
 
現代人は、自分という個人の問題に切り詰めて生き方の問題を考えてしまいがちですが、自己が物語的なものであり、物語が言語によって語られるものだとすると、それは必ず語りの相手先である他者を必要とするわけです。したがって、善い生き方や「幸せ」はたんに個人や主観の問題ではなく、少なくとも他者との共生的関係が視野に入ったものでなくてはならないはずです。さらに言うと、他者は必ず共同体の一員としての他者でもありますし、自分の人生を語るストーリーは共同体の中での標準的な語りとの関係において実質的な意味を与えられる(他人のストーリーとの比較の中でしか自分のストーリーは際立った意味を持たない)わけですから、自己の生き方は他者や共同体のあり方とも切り離せないのですよね。…そういったことを考えさせられる章になっています。
 
ところで、本書を読んでいるとときどき抱く感慨があります。哲学者って良くも悪くも厨二病っぽいテキストを残す人物が多い(とくに著名な人物ほど)と思うのですが、リクールにはそういうところがまったくありません。文章に派手さやカッコ良さを感じることはないのですが、じつに味わい深い文章の書き手です。噛むほどに味が出るスルメみたいな哲学者ですねぇ。