2026年10月12日月曜日

身体は何を知っているのか--『Body of Wisdom』刊行のお知らせ

来月、2026年11月、私にとって初めての英語単著 Body of Wisdom: The Embodied Dimensions of Life が、ケンブリッジ大学出版局(Cambridge University Press)から刊行されることになりました。

本書は、私が長年にわたって取り組んできた、身体、心、自己、他者、そして人間が世界を経験することの意味をめぐる研究を、一冊の書物としてまとめたものです。哲学、とりわけ現象学の伝統と、現代の心理学・認知科学との対話を通じて、私たちが世界を知り、他者と関わり、自分自身として生きるということを、身体という視点から捉え直そうと試みました。

本書が刊行されることに、著者として大きな節目を感じています。

なお、本書はオープンアクセスとして出版されるため、オンラインで全文を無料で読むことができます。書籍版も刊行されますので、ぜひ手に取っていただければと思います。

書誌情報:

【内容紹介】

〜私たちの身体は、世界を知るための単なる道具なのだろうか〜

自転車に乗るとき、楽器を演奏するとき、あるいは熟練した職人が道具を扱うとき、私たちは一つひとつの動作を意識的に計算しているわけではありません。身体は、状況に応じて何をすべきかを知っているかのように、環境の変化に応じて動きます。

他者とのコミュニケーションにおいても、同様のことが起こっています。私たちは、相手の表情や声の調子、身振りや姿勢に応じて、自分の身体の構えや発話のタイミングを調整しています。そこでは、相手の意図を頭のなかで推論してから反応するという過程だけでは捉えきれない、身体を通じた相互的な調整が働いています。

こうした経験は、私たちが世界を知るということが、対象についての情報を頭のなかに蓄積することだけではないと示唆しています。知ることは、身体をもった存在として環境のなかに身を置き、状況に応じて行為し、他者に応答することと、深く結びついているのです。

では、身体は、すでに頭のなかで成立した知識を実行に移すための手段にすぎないのでしょうか。それとも、身体が世界と関わること自体が、私たちの「知ること」を成立させているのでしょうか。

本書の出発点にあるのは、この問いです。

近代以降の知識観には、知る主体と知られる対象とを区別し、知識を主体の内部に成立する表象や判断として捉える傾向がありました。この見方は、知識の論理的な構造を明らかにするうえで重要な役割を果たしてきました。しかし、私たちが実際に世界を経験し、そこに意味を見いだし、他者と関わりながら行為するということを理解するためには、知識が成立する以前の、身体と世界との具体的な関係にも目を向ける必要があります。

身体は、心が命令を送り込む対象でも、外界からの情報を受け取るだけの受動的な装置でもありません。身体は、環境のなかで行為することを通じて、何が可能であり、何が重要であり、何に応答すべきかということを、状況に即して開示していきます。世界は、あらかじめ意味のない情報の集まりとして与えられ、後から心によって解釈されるのではありません。私たちが身体を通じて世界に関わることのなかで、世界は意味あるものとして経験されるのです。

この意味で、身体は世界を知るための手段であるだけでなく、世界が私たちにとって意味をもつ仕方そのものに関わっています。

〜身体から、自己・他者・智慧へ〜

本書では、現象学の哲学的考察と、心理学・認知科学における身体性の研究とを交差させながら、身体的な経験が人間の生のさまざまな次元をどのように支えているのかを考察しています。

議論は、身体そのものの問題から出発し、自己の経験、他者との関係、身体間の相互性へと展開します。そして、こうした考察を踏まえ、知識とは何か、さらに人間が智慧をもって生きるとはどういうことなのかという問いへと進んでいきます。

身体と自己。 私たちは、自分自身を、内面を観察することによってのみ知るのではありません。身体を通じて世界に関わり、さまざまな状況を生きるなかで、自分に何ができるのか、何を望み、何に困難を感じるのかを経験します。自己とは、身体から切り離された内的な実体としてのみ理解できるものではなく、世界との関わりを生きるなかで形づくられる存在でもあります。

身体と他者。 他者との関係もまた、まず独立した個人が存在し、その後で互いの内面を推測し合うことによってのみ成立するわけではありません。私たちは、他者の身振りや表情、声、動きに身体的に応答しながら、その存在を経験しています。ここで問題となるのは、他者の心について何を推論できるかということだけではなく、他者がすでに私たちの経験のなかに現れ、私たちの行為や感情のあり方に影響を及ぼしているという事実です。

身体と知識。 私たちが何かを知るということには、命題として説明できる知識だけでなく、状況に応じて適切に行為する能力や、経験を通じて身につけられた理解も含まれています。しかし、これらを単純に「言葉で説明できる知識」と「身体に蓄えられた暗黙の知識」とに分けるだけでは、十分ではありません。身体的な実践のなかでは、明示的な理解と暗黙の能力とが相互に関わり合い、知ることのあり方そのものを形づくっているからです。

身体と智慧。 本書のタイトルにある Wisdom は、知識を多く蓄えていることや、優れた技能を身につけていることと同義ではありません。重要なのは、知ることが、どのように生きるかという問題と切り離せないという点です。私たちが身体を通じて世界に関わるとき、そこには自分の能力だけでなく、自分の限界や脆弱性、他者への依存や応答の可能性も現れます。智慧を考えることは、知識を所有することから、知ることを通じて存在のあり方そのものが変わっていくことへと、問いを深めることでもあります。

これらのテーマを通じて、本書が探究するのは、身体が人間の認知にどのような影響を与えるかという問題にとどまりません。むしろ、身体をもった存在として生きることから出発したとき、自己、他者、知識、そして人間の生の意味を、どのように理解し直すことができるのかという問題です。

〜なぜ「Body of Wisdom」なのか〜

Body of Wisdom というタイトルには、身体を単なる道具や知識の容器としてではなく、私たちが世界を知り、他者に応答し、生き方を形づくることに関わる存在として捉えたいという意図を込めています。

ここでいう身体の「知恵」は、身体が文字どおり考えたり判断したりするという意味ではありません。身体を通じた経験には、必ずしも明示的な判断や言語的な説明に還元できない理解が含まれています。私たちは、世界について何かを知っているから行為できるだけでなく、行為し、失敗し、環境や他者からの応答を受けることを通じて、世界についての理解を深めていきます。

その意味で、身体的な知は、頭のなかに蓄えられた知識とは異なる仕方で、私たちの存在そのものに関わっています。

本書では、この問題を、現象学の伝統が明らかにしてきた身体と世界との関係、および現代の心理学・認知科学が研究してきた身体性、運動、知覚、対人関係などの知見を手がかりに考察しています。異なる学問領域を単に並置するのではなく、それぞれが扱ってきた問題のあいだに、どのような接点や緊張関係があるのかを明らかにすることも、本書の重要な課題です。

身体を通じて知ることと、知識をもつこと。身体を通じて他者と関わることと、他者を理解すること。そして、何かを知ることと、その知によって自分の生き方が変わること。これらの関係を問い直すことによって、知識を人間の生から切り離して考える見方を乗り越えたいと考えています。

〜ブックカバー――Kat Austenの《Talisman》〜

本書の刊行にあたって、もうひとつ嬉しく、印象深いことがあります。表紙のアートワークを、友人のアーティストであるKat Austenが手がけてくれたことです。モチーフとなっているのは、彼女の作品《Talisman(タリスマン)》です。

《Talisman》の円環的なフォルムは、自らの尾を呑み込む蛇として知られる古代の象徴、ウロボロスを想起させます。そして表紙には、その作品をそっと包み込むように持つ手が写し出されています。

円環は、終わりと始まり、生成と再生、そして生命の循環を連想させます。しかし、この作品で私の目を引くのは、円環という形だけではありません。それを手で支え、触れ、包み込むという身体的な関わりです。

私たちは、世界をただ外側から眺め、対象についての知識を得るだけで生きているわけではありません。触れること、支えること、動かすこと、そして他者や環境からの応答を受けることを通じて、世界との関係を生きています。手は、対象を操作するための器官であると同時に、対象との距離や重さ、抵抗や脆さを感じ取り、そこに関わる仕方を可能にする身体の一部でもあります。

この表紙は、私たちが世界を知るということが、世界から距離を取って情報を獲得することだけではなく、世界に触れ、世界に触れられながら、その関係のなかで生きることでもあるという、本書の問題意識と響き合っています。

《Talisman》とそれを持つ手との関係は、身体と世界、知ることと関わること、そして人間の生とその意味とを、あらためて考えるきっかけを与えてくれます。

〜身体から、人間の生を考える〜

本書は、哲学や心理学、認知科学を専門とする読者だけでなく、身体の動き、熟練した実践、他者とのコミュニケーション、自己の経験、そして生きることの意味に関心をもつ方々にも読んでいただければと思っています。

身体について考えることは、心や認知について考えることの一領域にとどまりません。それは、私たちが世界のなかにどのように存在し、他者とどのような関係を結び、何を知り、どのように生きていくのかという、より根本的な問いにつながっています。

身体は、私たちが所有するものの一つであるだけでなく、私たちが世界を経験し、他者と出会い、自分自身として生きることの条件でもあります。そして、身体を通じて世界を知るということは、世界についての理解を得ることにとどまらず、世界との関係のなかで自分自身のあり方を変えていくことでもあります。

Body of Wisdom が、身体と知識、自己と他者、そして知ることと生きることの関係について、読者の皆さんとともに考える機会になれば嬉しく思います。

2026年11月の刊行後には、オンラインで全文を無料で読むことができます。ぜひ手に取っていただければ幸いです。

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