2022年4月3日日曜日

五年ぶりの単著

三月の下旬に単著が無事刊行されました。

田中彰吾『自己と他者-身体性のパースペクティヴから』東京大学出版会

本書は、シリーズ「知の生態学の冒険:J・J・ギブソンの継承」全9巻の第3巻になります。当初は「知の生態学的転回」というシリーズ名称で企画が始まったので、「ギブソンの継承」という色合いは本文ではやや弱いのですが、それでもメルロ゠ポンティの現象学とギブソンの生態心理学を融合して自己と他者の社会的関係を考察する試みになっています。

せっかくなので、最初に本書の企画書として提案した概要を以下に掲載しておきます。

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【概要】

 身体を与えられることで「私」はこの世界に生を受け、また、身体を通じて他者と社会的にかかわりつつ「私」はその姿をさまざまに変化させている。

 本書では、身体性に関連する認知科学・神経科学のさまざまなトピックを検討しながら、自己と他者、そして両者の身体的な相互作用について現象学的に考察する。取り上げるのは、幻肢やラバーハンド錯覚のように特殊な体性感覚をともなう現象、道具使用やブレイン・マシン・インタフェースのように身体性の拡張に関連する現象、新生児模倣や共同注意のように発達初期に他者との相互行為を通じて現れる現象、幼児のふり遊びのように身体性とナラティヴが連続的に現れる現象などである。

 これらはいずれも、近年の認知科学や神経科学の進展にともなって、身体性に着目する文脈で研究上の知見が多く蓄積されてきた現象である。その一方で、そこでもたらされた知見は、身体や他者の問題を直接経験にさかのぼって検討することを重視するフッサール以来の現象学の伝統にも、多くの刺激を与えてきている。本書で取り上げるトピックには、私たち誰もが経験しうる身近な現象も、実験状況でしか経験できない特殊な現象も含まれるが、「それが当人にとってどのように経験されるのか」という側面に踏み込んで、現象の意味を理解することを重視する。

 問題となる現象を、みずからの経験としてたどり直すことができるくらい密着して理解を試みれば、因果関係や相関関係にもとづく通常の科学的説明を超えて、身体性、自己と他者、間主観性の経験について、新たな理解をもたらすことができるだろう。本書が目標とするのは、主観的経験を脳内過程に還元するのではなく「脳-身体-環境」というエコロジカルな連続性のもとで理解すること、また、対人関係を中心とする社会的環境を中心にして「環境」を描きなおすことである。

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…という趣旨の著作です。認知神経科学や発達心理学の知見をたくさん参照していますが、結局は「脳-身体-環境」というエコロジカルな連続性のもとで「自己と他者」という問題系を考えることを目指しています。いわゆる社会的認知やソーシャル・ブレインといった研究とも大きく関わりますが、それらを一味も二味も違うしかたで=生態学的な観点からとらえたところに特徴があります。

一人でも多くの方に手に取っていただければ著者としては幸いです。どうぞ、よろしくお願いします。