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2022年9月7日水曜日

学会イベント:心理学会シンポジウム② (9/8-10/11)

連投ですいません。引き続きイベント案内です。こちらもオンデマンドで公開期間が長いので1ヶ月以上にわたっていつでもご参加いただけます。

日本心理学会第86回大会 (9/8-11, 延長公開9/12-10/11)

公募シンポジウム「SS-002 現象学から始まる心理学史と心の哲学史

 企画代表:渡辺恒夫(東邦大学)

 話題提供1:村田純一(東京大学)

 話題提供2:長滝祥司(中京大学)

 話題提供3:田中彰吾(東海大学)

 指定討論:境 敦史(明星大学)


こちらは年末ぐらいに講談社選書メチエの一冊として発売予定の『心の哲学史』の執筆メンバーによる企画です。渡辺先生と村田先生が編集の一冊で、フッサール現象学・ブレンターノ・ゲシュタルト心理学の関係まで遡って、オルタナティブな心理学の歴史を探るものになっています。この本、内容がかなり充実した一冊ですし、心理学の歴史と理論に関心のある人々にとっては面白く読んでいただけるものになると思います。

で、このシンポジウムもすでに録画した動画を大会サイトにアップしてあります。時間の都合で指定討論にお答えする時間が十分になかったので、大会期間中に書き込む予定です。最後までご覧いただくと、実験であれ質的研究であれ、現象学から出発すると同じ方向性の心理学研究に収斂する未来が垣間見えるのではないかと思います。皆さまもぜひ議論にご参加いただければ。

2020年10月21日水曜日

質的心理学会シンポジウム (10/25)

 直前で恐縮ですが、学会シンポジウムのご案内です。

日本質的心理学会・第17回全国大会

10/25 11:15-13:15 会員企画シンポジウム

「現象学的人間科学への招待-IHSRC 2022に向けて」

今年は大半の学会がオンライン開催に切り替わっていますが、質的心理学会も今回はZoomでの開催になります。今週の23日22時まで参加申し込みはできるようですので、ご関心のある方は下記のページにアクセスしてみてください。

質的心理学会第17回大会・参加登録

今回は、現象学的な方法を使って人間科学の各分野に取り組んでおられる先生方にお話しいただきます。植田嘉好子先生(社会福祉学)、村井尚子先生(教育学)、渡辺恒夫先生(心理学)です。また、指定討論には看護学分野でケアの現象学に取り組んでおられる西村ユミ先生にご登壇いただきます。

今回のシンポジウムは、2022年に開催予定のIHSRC(人間科学研究国際会議)の東京大会に向けての広報活動の一環を兼ねております。この分野に関心をお持ちの皆様のご参加をお待ちしております。

 

 

2020年8月1日土曜日

書評を寄稿しました

今週の図書新聞に書評を寄稿しています。

図書新聞
第3459号(2020年8月8日)

聞くところによると、前号に掲載されたとある社会学系の書籍の書評がSNSで炎上しているんだそうで(相当に酷評されていることに著者が反撃しているらしい)、それについての編集部の見解が新たにこの号に掲載されています。

そういう話題性に富む(?)書評に比べれば私のものはマイルドで普通の書評です。以下の書を取り上げました。

佐藤義之著『「心の哲学」批判序説』講談社(選書メチエ、2020年4月刊)
書評:「物質から意識を見るか、生命から意識を見るか--進化論を取り入れることで、物理主義に依拠する従来の心の哲学に対して根源的な批判を試みる」

有料ものなのでコンテンツはここで公開できないですが、ご関心のあるかたは上のリンクから読んでみてください。

同書は、心の哲学で主流になっている、いわゆる物理主義から意識を理解する立場(物理世界が因果的に閉じているという見方に立って、神経過程に還元して意識を理解する立場)に対する根源的な批判を試みています。きちんと読めば、物理主義の立場で意識を理解しようとするのがそもそも無謀な試みであることに納得がいくぐらい、よく整理された批判を重ねています。第二部では現象学的な意識の理解が試みられていますが、それよりも第一部の「心の哲学」批判の部分が良いですね。

個人的には、大学院生の頃に意識科学の議論に関心を持って調べ始めた頃から「ハードプロブレム」は疑似問題だよなぁ、という感じを持ち続けて今に至ります。なので心の哲学のように物理主義から意識を理解する試みそのものに乗れず、現象学から身体の問題を考えてきました。ポイントは、ハードプロブレムはやはり心身問題の焼き直しなので設定そのものを退ける必要があって、心身問題を「身身問題(body-body problem)」として再整理するところに現象学の役割がある、ということです。

このあたりの事情は、これも講談社選書メチエからいずれ出版される共著『心の哲学史(仮題)』の担当章に整理して書いておきました。共著といっても各章6〜7万字詰め込まれてますから、私の章も薄い書籍分ぐらいの分量はあります。お楽しみに。


 


2020年2月27日木曜日

レジュメ追加 (他者のような自己自身)

2019年度秋学期の大学院ゼミでポール・リクール 『他者のような自己自身』を読み始めました。リクール 、考えていることは面白いのですが、文体と思考がまわりくどく遅々として進んでいかないので、読むのに骨が折れます。途中から大学の同僚でフッサール研究者の村田憲郎先生が加わってくれて、一緒に議論しながら読み進めることで、だいぶ深く読み込めるようになってきました。

研究アーカイブのページにここまでのレジュメをアップしてあります。
序言
第3研究
第4研究

ちなみに、村田先生と私のペアで現象学を学べる環境は、なかなか得難いかもしれません。現象学、エナクティヴィズム、ナラティヴ論など、リクールに触発されていつも議論が広がっていきます。メンバーが増えていくとかなり面白い議論の場になっていきそうです。次の学期も時間を取って続ける予定ですので、関心のある方は遊びにきてください。
 
た 


2019年12月27日金曜日

人間科学研究会

2021年7月に東京で開催されるInternational Human Science Research Conference(人間科学研究国際会議)の準備のため、以下の通り研究会を開催しました。

人間科学研究会
日時:2019年12月25日(水),13:30-18:00
会場:大田区産業プラザ(PiO)  https://www.pio-ota.net/

報告者
01) 田中彰吾(東海大学)「IHSRC 2021に向けて」
02) 渡辺恒夫(東邦大学)「過去のIHSRCでの報告内容」
03) セビリア・アントン(九州大学)「教育倫理学の質的研究」
04) 河野哲也(立教大学)「2021年大会での企画」
05) 奥井遼(同志社大学)「わざの現象学に向けて-IHSRCでの体験」
06) 玉井健(高知リハビリテーション専門職大学)
07) 村井尚子(京都女子大学)「教師の専門性と教育的タクト」
08) 佐々木英和(宇都宮大学)「会話型社会と手紙型社会」
09) 植田嘉好子(川崎医療福祉大学)「対人支援領域における現象学的研究」
10) 北谷幸寛(富山大学)「研究紹介(安楽に関する研究)」
11) 吉田章宏(東京大学)「A record of Akihiro Yoshida's participation in IHSRC」


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以上、事後報告ですが、研究会の開催記録としてここに掲載しておきます。(なお、手元のメモに沿って記録したので、発表タイトルが必ずしも正確ではない場合があります。タイトル情報の修正をご希望の先生は随時情報をお寄せいただけると助かります)
 
今回は、IHSRCに参加経験のある方々中心にお声がけをして、参加者は全員発表するという形式で実施しました。第1回の準備会合としては大変有意義な交流の場になったと思います。
 
東京大会に向けて、学会でのシンポジウム企画等も含めて、今後も準備イベントをいろいろと開催する予定です。関心のある皆さまは、ぜひ2021年IHSRC東京大会にご参加ください。今後も関連情報をこのブログでも発信していきます。
 


2018年11月12日月曜日

11/25 質的心理学会シンポジウム

ちょうど2週間後ですが、こういうシンポジウムに登壇します。

日本質的心理学会・第15回大会
11月24〜25日@名桜大学

シンポジウム「ナラティヴを通した他者理解―聞き手の視点と感性に注目しながら」
- 企画・司会:植田嘉好子(川崎医療福祉大学)
- 話題提供者:田中彰吾(東海大学),植田嘉好子(川崎医療福祉大学),能智正博(東京大学)
- 指定討論者:西研(東京医科大学)

 企画趣旨
 ナラティヴは生の出来事についての語りや物語を指し、心理、福祉、医療などの質的研究における重要な手がかりとされてきた。ブルーナーは人間の思考様式を「論理-科学的様式」と「物語的様式」とに分類し、人々の生活の社会文化的次元や個人的豊かさを理解するうえで「物語的様式」の重要性を強調した。また医療では科学的根拠を重視するエヴィデンス・ベイスト・メディスンに対して、患者の語りや対話に基づくナラティヴ・ベイスト・メディスンが提唱されている。
 ただ、こうしたナラティヴは真空のなかに生まれるものではなく、インタビュー等の対話のなかで生じるものであり、あるいはそのようななかで聞き手によって聞き取られるものである。患者やクライエントの語りを、あるいは語られないナラティヴを、他者である私たち研究者はどのように理解し、妥当な研究データとして活用することができるのか。
私たちはこれまでにも学会の場で「ナラティヴ・セルフ」について議論してきたが、前回の議論では、次のようなテーマが浮かび上がっている。
  ①ナラティヴにおける情動や欲望の次元、
  ②語り手と聞き手の関係や相互作用、および聞き手の感性の問題、
  ③ナラティヴ分析におけるパースペクティヴと妥当性の課題
 ナラティヴを用いる実践や研究では、クライエントや研究協力者等の「他者」に対する理解が前提であり重要な目的でもある。しかしそれがどのように聞き手において実現され、第三者へと普遍化されるのか。本シンポジウムでは、上記のテーマを意識しながら田中、植田、能智が話題提供を行い、それを踏まえて現象学者の西が指定討論を行って、人間的な経験の本質に迫るルートとしてのナラティヴに関する議論を深めていきたいと考えている。
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このメンバーでシンポジウムを組むのは2回目で、昨年8月の国際理論心理学会でのシンポジウム以来になります。もっと遡ると発端は2016年7月にエンボディードアプローチ研究会で開催した「人間科学と現象学―他者の経験にアプローチする」にあります。現象学を人間科学に応用するさいには、そもそも研究者がインタビュー対象者をどのように理解できるのかが問題になります。そのとき、インタビューの聴き手と語り手の関係性に依存する次元を超えて相手を理解するには、語り手の表面的なナラティヴを超えて、ナラティヴによって構成されているアイデンティティの次元にまで迫る必要があるんじゃないか、という議論になったのでした。今回の企画も、こうした議論の延長にあります。

今回は会場が沖縄県名護市の名桜大学になります。沖縄に行くのは10年以上ぶりなので、ランドスケープの変化を目にするのも楽しみにしています。

 

2018年7月25日水曜日

現象学入門-新しい心の科学と哲学のために

今日、見本が届きました。
 
ステファン・コイファー&アントニー・チェメロ著
『現象学入門-新しい心の科学と哲学のために』
田中彰吾・宮原克典訳,勁草書房,2018年7月,定価3300円+税
 

黄色の装丁に緑色の帯で、私が想像していたよりもきれいな仕上がりでした。現物をスキャンしてみた写真が↑です。カバーを外すと黄緑色の装丁になっていて、これもなかなか美しいです(こちらはスキャンしたら色味が残念な感じに変わってしまったので書店で手にとってみてください)。
 
帯に入っている一文「フッサールから現代の身体性認知科学へ」は、本書の特徴をひとことで端的に表現してくれています。現象学を専門にするコイファーと、生態心理学から出発して身体性認知に取り組むチェメロの共著でなければ、こういう本は書けなかっただろうと思います。
 
帯の裏面は訳者解説から文章を拾っていただいたのですが、こちらは先の一文をもう少し丁寧に伝えるものになっているので、ここに掲載しておきます。
 
「本書には大きな特徴が二点ある。一点目は、独特の専門用語や論述の難解さで知られる現象学を、英語圏の哲学に特徴的な明晰な論述スタイルで解説していることである。二点目は、フッサール以来の現象学の中心的なテーマは「身体性認知科学」にこそ最も鮮明に受け継がれている、という著者たちの独自の観点を貫いていることである。それゆえ本書では、現象学という思想的潮流の歴史が、19世紀末の科学的心理学(第1章)、ゲシュタルト心理学(第4章)、ギブソンの生態心理学(第7章)、ドレイファスによる認知主義批判(第8章)、身体性認知科学(第9章)など、通常の現象学入門書ではあまりとりあげられることのないトピックの丁寧な解説とともに描き出されている。」
 
これから現象学を学びたい人、身体性や技能の観点から過去の現象学を振り返ってみたい人、心理学や認知科学の歴史と哲学的基盤に関心がある人、現象学が拓く将来の科学と哲学を考えてみたい人…、とにかく皆さま、手にとってみてください。
 



2018年4月18日水曜日

コイファー&チェメロ『現象学入門』・続報

この記事からすでに1年以上ですか…

コイファー&チェメロ『現象学入門』
https://embodiedapproachj.blogspot.jp/2017/01/blog-post_29.html

翻訳作業について、ようやく続報です。先ほど、訳者解説まで含めてすべて勁草書房の担当編集者さんにお送りしました! 今回はアメリカで研究中の宮原克典さんと共訳で取り組んでいるのですが、優秀な若手とのコラボは仕事が楽しいし捗るし、やっぱりいいものですね(ちなみに訳業に着手して1年以上経過していますが、翻訳にかけた実時間はかなり短いと思います)。
 
中身のことを紹介する時間が今はないので、興味のある方は上の記事をたどってみてください。現象学と心の科学の接点で書かれた本で、とくに身体性認知科学の未来を占う内容を含む一冊になっています。それを反映して、邦訳は『現象学入門-新しい心の科学と哲学のために』というタイトルで刊行することになりそうです。ともあれ、面白い本ですよ〜
 
さ、これから明日の教授会の準備をしなければ。管理職つら…。


 

2018年3月7日水曜日

イベント案内(3/21@本郷)

近頃イベント案内ばかりになってしまっていますが…こりずに今日もご案内します(笑

国際シンポジウム
社会構築主義の視点と臨床の現場
--Vivien Burr教授をお招きして--

2018年3月21日(木) 13:00-17:15
東京大学本郷キャンパス 福武ホール
 

詳しい案内は下記ページで見られます。

以下から事前申し込みが必要とのことです。
 
田中も話します。「現象学的心理学の立場から」というお題をいただいています。自分でオーガナイズする別件の国際シンポジウム(Body Schema and Body Image)の3日前なのでなかなか準備が大変そうなのですが、社会構築主義と現象学的心理学の接点と違いについて考えるいい機会になりそうです。

ちなみに、バー先生の仕事って、大学院生の頃に訳本(上の写真にある『Social Constructionism』の初版の訳本です)で接して以来です。まさかあれから20年もたってご本人に仕事でお会いできるチャンスがめぐってこようとは。当時の読書メモとかどこかに残ってないかな… 
 
 


2018年2月14日水曜日

脳の生態学(Fuchs 2018)序文

研究アーカイブに下記のレジュメを加えておきました。

Fuchs, T. (2018). Ecology of the brain: The phenomenology and biology of the embodied mind. Oxford, UK: Oxford University Press.(序文のみ)

3ページの短い序文をさらに要約したものではありますが、本書の立場が比較的明瞭に書かれているように思います。脳は生命体に備わる一器官であり、器官として身体全体と関係し、身体-環境の相互作用を媒介し、自己-他者の相互作用を媒介する、「媒介する器官(mediating organ)」であることが端的に示されています。

ひとつ注目できるのは「feeling of being alive」と彼が述べている点でしょうか。意識の作用は脳から生み出されるものではなく、生命が宿る有機体としての身体に、最初から「生きている感じ」として備わっている、という仮説的な見通しを述べています。

この「生きているという感じ」、あえて脳との対応づけを考えると、おそらく島皮質の作用と相関しているように思います。感覚とも感情とも呼べるかもしれないが、そのどちらでもないような、全身に広がる漠然とした「感じ(feeling)」。離人症では島の機能が低下しているという報告がありますが、生きている感じがしないという当事者の言葉に対応しているように思います。

この本、3月終わりぐらいからオンライン読書会形式で読んでいく予定です。ご希望の方は田中までお問い合わせください。
 


2018年2月4日日曜日

戦利品♪

待ちに待った一冊が届きました。
Thomas Fuchs (2018). Ecology of the brain: The phenomenology and biology of the embodied mind. Oxford, UK: Oxford University Press.
(トーマス・フックス『脳の生態学-身体化された心の現象学と生物学』)
  
しばらく前からオンライン読書会を開きますとお伝えしていたのですが、原著が届かないので企画そのものが滞っていました。
 
以前も書きましたが、この本が重視しているのは、まさに脳のエコロジーであり、脳の生態学的な基盤です。脳が知覚や認知にとって重要な役割を果たしている器官であることは間違いありませんが、人が知覚・認知する世界をすべて脳内の表象に還元するような見方は、脳の持つ生態学的な位置づけを無視して脳の役割を過大視し過ぎています。そうではなくて、身体を含む有機体全体の一部とし脳を位置づけると、身体と環境の相互作用、自己の身体と他者の身体の相互作用、人々が共有する文化的世界へのアクセスなど、脳は、生命体としての人と世界とを「媒介する器官(mediating organ)」として重要な役割を果たしていることが理解できます。こういう基本的な見方についてきちんと哲学的な基礎づけを与えている点も本書の魅力ですが、現在の神経科学の知見への批判、さらに、その再解釈と位置づけ直しといったことに言及している点や、未来の心の科学のあり方への展望を拓いている点も、本書の魅力であろうと思われます。

読書会は来月くらいからゆるゆる動き出そうかと思います。

ところで、「戦利品」とタイトルに書いたのは意味があります。じつは、推薦文を書く仕事を頼まれたのですよ、とっても光栄なことに! 和書で言うと、帯に入れる推薦文を書くようなものです。洋書の場合は背表紙に何人かが推薦文を入れることが多いのですが、届いた現物を見るとこんな感じになっていました。
 

見えづらいですね。上から三つめが私の書いたものです。最初オックスフォード大学出版局の担当編集者の方から連絡をもらったときに「至急endorsementを書いてください」という依頼があったのですが、「え、endorsementって何? 手形の裏書? 手形を切った覚えはないけどな」なんてことしか頭に浮かばなかったのでした。背表紙に入れる推薦文なので「裏書」と呼ぶのですねぇ、知りませんでした。

それにしても、光栄な話です。裏書を寄せているのは4人いますが、「エナクティヴ・アプローチ」で有名なディ・パオロ、精神医学の哲学のマシュー・ラトクリフ、ミラーニューロンの研究で知られる神経科学のヴィットーリオ・ガレーゼ、というすごい面々に混じって、なぜか無名の私のような人間が入っています。いちおう「身体性認知」の分野からお情けで一人入れてもらった、って感じでしょうかね。

まあでも、私にとっては、オックスフォードから出る本に推薦文を寄稿したというのは、研究を実直に続けてきて勝ち取った戦利品、という感じで鼻高々な気分なのです。


 

2018年1月21日日曜日

朗報

1年前ごろにドイツで書いていた論文、もうすぐ刊行されることになりました。
タイトルは、

What is it like to be disconnected from the body?
(身体から切り離されているとはどのようなことか?)

です。
なかなか刺激的じゃないですか? 

もちろん、ネーゲルの論文「What is it like to be a bat?」(コウモリであるとはどのようなことか?)から借りたタイトルですが、意識の主観性の謎に迫っているわけではありません。離人症における身体経験の謎を追ったものです。

離人症ではしばしば「自己が身体から離れたところにいる」「観察する自己と行動する自己が分離しているように感じる」という体外離脱的な症状が当事者から語られるのですが、それはどのような経験なのか、現象学的に解明することを試みました。文脈が違いますが、同じように自己が身体から遊離する経験として語られる「フルボディ錯覚」を比較対象として検討した点で、前例がない論文になると思います。
 
掲載先は「Journal of Consciousness Studies」です。刊行は少し先で、春頃になるようです。ともあれ、無事に受理されてよかったです。帰国して約5ヶ月たちますが、ようやく在外研究に区切りがついた気分です。
 


2017年11月7日火曜日

読書会を開きます

アマゾンでは1ヶ月前ぐらいからページができていたのですが、もうすぐ、神経科学〜身体性認知〜現象学にまたがる学際領域で非常に重要な本が出版されます。トーマス・フックスによる『Ecology of the Brain(脳のエコロジー)』です。
 
 
アマゾンでは発売日が12月14日ということになっています。田中は一足お先にゲラを拝見しました。出発点になっているのは、人が知覚している世界を脳内の表象に還元する見方への批判です。身体を含む有機体全体の一部とし脳を位置づけると、身体と環境の相互作用、自己の身体と他者の身体の相互作用、人々が共有する文化的世界へのアクセスなど、脳は、生命体としての人と世界とを「媒介する器官(mediating organ)」として理解し直す必要がある、という主張が基調のようです。このような見方が、どの程度、現在の神経科学の個別の知見と整合的に、あるいはそれへの説得力のある批判とともに語られているのかが、本文の評価にかかわるポイントになりそうです。
 
いずれにしても重要な本なので、12月から月1回1章ずつぐらいのペースで、オンライン読書会を開いて読むつもりでいます。参加をご希望される方は、田中までお問い合わせください。
 
 

2017年1月29日日曜日

コイファー&チェメロ『現象学入門』

しばらく前からこの本の翻訳に取り掛かっている。


面白い本だ。現象学の入門書としてはかなり思い切った構成になっている。上記リンクをたどるとアマゾンで「なか見検索」ができるので目次を見てみるといい。

フッサール、ハイデガー、メルロ=ポンティ、サルトルの主要な仕事にそれぞれ1章ずつ割かれているが、それ以外の章立てが興味深い。1章「カントとヴント」、4章「ゲシュタルト心理学」、7章「ギブソンと生態学的心理学」、終章は「現象学的認知科学(phenomenological cognitive science)」である。

彼らは、フッサール以来の現象学の中心的なテーマが、近年の「身体性認知科学 embodied cognitive sceince」に最も強く受け継がれていると見ており、この歴史的なパースペクティヴに沿って上記の各章を配置しているのである。なお、終章の手前の8章はH・ドレイファスの人工知能批判に割かれている。

私のように、メルロ=ポンティの現象学的身体論を足場にして、それを経験科学的な研究とつなげることを模索してきた研究者からすると、まさに「待ってました!」という内容。こんな入門書を手にできるようになったと思うと、時代の変化を感じて感慨深い。

なお、2011年に邦訳されたギャラガーとザハヴィの『現象学的な心』(原著は2008年刊)も、方向性としては近い立ち位置にある。副題が「心の哲学と認知科学入門」であり、認知科学や神経科学の知見を大幅に取り入れた現象学の書になっている。ただ、「入門」と銘打ってはいても実際には入門書レベルの叙述になっておらず(邦訳はよくできていると思うが)、現象学や認知科学の予備知識のない読者にとって読み通すのはなかなか難しい。本書はその点でかなり読み易いものになっている。

それだけではない。方向性も『現象学的な心』とは違っている。認知科学の知見を現象学に取り入れるという方向性ではなく、現象学の知見を認知科学に取り入れ、未来の認知科学を書き換えることが目指されている。だから終章が「現象学的認知科学」と題されているのである。

こんな現象学入門書は、今まで見たことがない。早く出版にこぎつけたいものだ…が、なかなか思った通りにはかどらなくて気が重い(笑


2017年1月20日金曜日

アーカイブの資料追加(『現象学的な心』10章)

研究アーカイブのページに以下の資料を追加しました。


この本の10章、久々に読み返しました。現象学をベースに、心理学、神経科学、発達、精神病理との関連で自己に関する議論がコンパクトにまとまっています。ナラティヴ・セルフについて考える手がかりが欲しくて読み直しましたが、どちらかというとミニマル・セルフの問題のほうが中心ですね。

ちなみに、いま・ここで進行中の経験にともなう「わたし」という感じ(自己感)は、もうすぐ出版される私の著作のテーマでもあります。経験にともなう自己(生きられた自己)は、経験をふりかえって反省するととたんにつかまえどころがない感じがしてきますが、進行中の経験においては「主体感 sense of agency」や「所有感 sense of ownership」を通じてちゃんと成立しています。これは、そうそう簡単に壊れることのない(たぶん有機体のものすごく基礎的な次元が壊れない限り壊れることがない)、とても強靭な自己です。



2017年1月15日日曜日

なぜドイツ?

なぜドイツにいるのか、知り合いから質問されることがあります。

今回は科研費の「国際共同研究加速基金」というファンドの助成でこちらに来ていて、現在は主に「身体性と自己意識」について研究しています。が、寄せられる質問の意図はそういうことではありません。もともと身体論が専門でメルロ=ポンティを主に参照しているならフランスに行きそうなのになぜドイツなの?、という意味です。

以前こんな文章を某学会のニュースレターに書きました。前回、2013年〜14年にかけてドイツに滞在したときに書いたものです。いま同じ場所に来ているのも、前回滞在したときに充実した研究ができたという理由によります。

というわけで、以下再録です。次に同じ質問をされたらこのページのURLを教えることにします(笑


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 2013年10月から、独ハイデルベルク大学(社会精神医学センター・現象学セクション)にて在外研究中である。「身体論が専門でメルロ=ポンティを読んでいるのに、どうしてフランスではなくてドイツなのか?」――多くの知人からそう聞かれた。

 話せば長くなるが、ぐっと圧縮して書くと次のようになる――。私はもともと心理学方面から身体論を吸収してきた。「身体」という基盤から出発することで、種々の心の機能をどのように理解し直すことができるのか、また、心の概念を総体としてどう刷新することができるのか、そうした関心のもとで研究を進めてきた。いわゆる「身体性認知 embodied cognition」や「身体化された心 embodied mind」の領域にメルロ=ポンティ現象学からアプローチすること、これが私の研究である。

 しかしこの研究、分け入って探求を進めるほど、問題が心身関係だけに閉じていないこと、また閉ざすべきでないことがよく分かってくる。身体は心と関係しているだけでなく、外部の環境や他者の身体とも関係している。この点の延長線上に「他者の心はどう理解できるか」という問いが待ち受けている。これは心理学方法論にかかわる問いでもあるし、哲学で他我問題として論じられてきたことにもかかわる。現象学では間主観性の概念のもと、フッサール以来多くの議論が重ねられている。

 私の専門からはそれるが、脳神経科学も部分的にこれと並行して興味深い進展をたどっている。知覚や記憶といった心の機能(一人称)を脳の活動(三人称)と対応させて理解することが脳研究の基本的な枠組みだが、近年、ミラーニューロン研究の進歩とともに、問いの様相が一部でダイナミックに変化している。ミラーニューロンの説明は字数の関係で省略するが、重要な論点のひとつは、身体性と行為を媒介して複数の脳が共鳴するということ(二人称)が、さまざまな事象に沿って明らかにされつつある、ということだ。

 ミラーニューロン以外にも心の理論や自己・他者認知など個別のトピックは多々あるが、心理学・認知科学・神経科学といった心の諸科学では、二人称的観点や間主観性に深くかかわる社会的認知social cognitionが近年クローズアップされており、身体性の観点からこの問題にどう切り込んでいくかは、心の科学にとって重要な課題なのである。

 さて、ハイデルベルクである。現在ヨーロッパでは、5カ国8大学(フランスには提携機関がない)を結ぶ学際的研究プロジェクト「Towards an Embodied Science of Intersubjectivity(略称TESIS,間主観性の身体化された科学に向かって)」が進行している。上に述べた課題をまさに追究しているプロジェクトなのだが、その中心的拠点がここハイデルベルク大学に置かれている。TESISはきわめて学際的で、現象学を理論的基盤として重視しながらも、神経科学、発達心理学、認知科学、精神病理学といった心の諸科学と密接に連携して研究が進められている(ここはもともと現象学的精神病理学の世界的拠点である)。

 ともあれ、身体性・間主観性・社会的認知を結ぶ研究を進めるべく、私はここハイデルベルクに滞在している、というわけなのである。
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