先日、青山学院の鈴木宏昭先生の研究会でお話する機会がありました。
プロジェクション・サイエンスを推進している研究会だったのですが、そこで初めて「ポスト身体性認知」というテーマで話してきました。現状の身体性認知科学の研究は、一見すると華やかに流行しているように見えますが、アプローチが一面的なのでいずれ行き詰まるのではないかと思っています(思考や言語処理などの高次認知が身体性や身体経験に依存していることを示す研究が大半を占めているという意味です。ダイナミカルシステムやアフォーダンスのような方法論そのものが行き詰まっているという意味ではありません)。
それで、プロジェクション・サイエンスの話を認知科学会のシンポジウムで聞いたときからずっと、現状の身体性認知研究を打ち破る方向性と、プロジェクションという概念を関連づけることができるのではないかと漠然と感じていたのですが、そのアイデアについて初めてまとまった内容の話をしてきました。じつはプロジェクションという概念をメルロ゠ポンティも使っていて、この点を注意深く考えると現状の身体性認知で取られている主要なアプローチを超えていく方向性を示せそうなのです。
詳細はいずれ、プロジェクションに関連する書籍のなかに1章として収められることになると思います。1月末が原稿の締め切りらしいのですが、間に合うことやら…
た
こんにちは、田中彰吾(東海大学文化社会学部教授/大学院文学研究科長/文明研究所所長)です。身体性に関連する哲学と心理学を研究しています。各種お仕事のご連絡はshg.tanaka@gmail.comまでお寄せください。
2019年12月9日月曜日
2019年12月3日火曜日
現象学の定義23 (Yoshida 2020)
現象学的心理学/教育学で知られる吉田章宏先生からご連絡をいただきました。
以前、カンザス州立大学のDavid Seamon氏が集めた現象学を定義する23の短い英文があるのですが、それを吉田先生が日本語に訳されたそうです。Seamon氏が発行する電子ジャーナル「Environmental & Architectural Phenomenology」に近く収録されるそうですが、一足お先に翻訳部分のPDFをここでご紹介しておきます。以下のリンクからどうぞ。
Yoshida, A. (2020). Japanese Translation of “Twenty-Three Definitions of Phenomenology”. Environmental & Architectural Phenomenology, 31, 29-36
こうしてみるとすべて現象学の定義に確かになっているとは思うものの、光の当て方がさまざまで見え方もさまざまなので、「Phenomenology」と言わずに「Phenomenologies」と言うべきかもしれませんね。
た
以前、カンザス州立大学のDavid Seamon氏が集めた現象学を定義する23の短い英文があるのですが、それを吉田先生が日本語に訳されたそうです。Seamon氏が発行する電子ジャーナル「Environmental & Architectural Phenomenology」に近く収録されるそうですが、一足お先に翻訳部分のPDFをここでご紹介しておきます。以下のリンクからどうぞ。
Yoshida, A. (2020). Japanese Translation of “Twenty-Three Definitions of Phenomenology”. Environmental & Architectural Phenomenology, 31, 29-36
こうしてみるとすべて現象学の定義に確かになっているとは思うものの、光の当て方がさまざまで見え方もさまざまなので、「Phenomenology」と言わずに「Phenomenologies」と言うべきかもしれませんね。
た
2019年11月18日月曜日
リクール『他者のような自己自身』を読む
大学院のゼミでポール・リクール『他者のような自己自身』を読むことにしました。
2年前に出版した単著では主にミニマル・セルフの問題を取り上げていたのですが、出版の前後からナラティヴ・セルフのことを考えるようになりました。このブログの過去記事を見ても、2017年の1月に「ナラティヴ・セルフと実存」というメモを書いていますね。
ギャラガーが2000年の論文で自己を論じた際、思い切ってミニマルとナラティヴの二種類に区別していますが、私としてはこの二つがどのように連続しているのかが気になっています。単純に理論的な問題としては、ミニマルは最小の時間幅で成立する自己で、現在の身体行為があればそれで十分です。身体行為にともなう主体感と所有感があれば自己が成立する、とされています。
他方、ナラティヴ・セルフは、時間的な広がりがないと成立しません。それは、自分について語られる各種の物語から構成されています(他者が私について語る物語も含みます)。ただ、このような説明をすると、どうしてもナラティヴ(物語)だけが焦点化され、身体性の問題が背景に退いてしまいます。
ナラティヴは他者との社会的関係のなかで言語的に語られることで成立します。しかしそれだけが解明すべき論点になると、いわゆる社会構築主義の枠組みだけで議論が終わってしまい、「語られる物語に応じて自己も構成される」という一種の相対主義に陥ります。こういう陥穽を避けるには、身体性から連続するものとしてナラティヴ・セルフを捉えなおす必要があります。
このあたりのことは、7月に開いたエンボディードアプローチ研究会でも議論しました。2018年11月の質的心理学会でも議論しましたし、2017年8月の国際理論心理学会でも議論しました。…が、まだ解明しきれないものがたくさん残っています。
リクールはナラティヴ・アイデンティティについて深く論じていますが、身体行為として成立する自己の次元を踏まえているので、ミニマルとナラティヴの連続性を理解しているように見えます。…そういう理由で、改めて時間をかけてきちんと読み込むことにしました。
ちなみに、ゼミは毎週木曜の夕方に開講しています。一緒に読んでみたい方は遊びに来てもいいですよ。ナラティヴに関連する研究をしているけど、どこか腑に落ちないものを感じている人にとってはうってつけの内容だと思います。
た
2019年10月28日月曜日
プラハにて
出張でチェコのプラハに来ています。
以前から交流のあるチェコの研究者にマルティン・ニーチェさんという友人がいます。哲学業界の方なら一度お会いすると忘れがたい名前でしょう。(マルティン)ハイデガーとフリードリッヒ(ニーチェ)を同時に連想させる名前ですからね。
今年の冒頭に彼から連絡があって、チェコ科学アカデミー(日本の学振みたいなところです)でアジアの研究者を招聘する新しいグラントができたので応募しようと思うが協力する気はないか、との問い合わせでした。せっかくのお誘いなので書類作りだけサクサクっと協力したら申請がめでたく通ってしまったのでプラハまでやって来ました、という次第です。3年ぶりに来ましたが、やはり美しい街です。
それで、科学アカデミーの哲学研究所にて「あいだ」の話をしてきました。ニーチェさんが数年前から「transitive (推移的・移行的)」というキーワードで現象学を組み立てようとしているのに呼応したものです。彼は自己と世界がともに絡み合いつつ生成するはざまの空間をtransiveという言葉でとらえているので。
私はメルロ゠ポンティの間身体性の話から始めて、間身体性がどのように間主観的に共有可能な意味の経験を生じさせるのか、それは木村敏がいう「あいだ」の概念によってどのように説明できるのか、「あいだ」の生成が自己と他者のはざまで共有可能な最初の社会的規範を生じさせること、「あいだ」の観点からすると他者理解は他者の知覚という一階の経験が判断という高階の経験へと高められる経験であること、等々の話をしてきました。
で、ひととおり仕事が終わった後で個人的に話をしていて笑ってしまいました。彼と私は歳が近いのですが、職場で部局のヘッドを今年から任されているのだとか。私も昨年からやむなく部署の主任をやっているのですが、管理職のストレスのせいでけっこう太ったのです(言い訳ではなく事実です)。とくに腹のでっぱりが気になる典型的なおっさん体型になりました。彼もしばらく見ないうちに見事なビール腹になっていました(チェコはビールがうまいのでなおさら?)。事情を聞いたら私と似たり寄ったりのストレスを抱えているようで、なんとも笑えました(管理職の辛さには同情を覚えましたが…)。お互い、よく似たしかたで職場のストレスに対処しているんでしょう。
これもまた人と人との「あいだ」の問題といえばそうなのですが、あいだはシステムとしての自律性を持つので、問題への対処は個人の努力だけではなかなかうまくいきませんね。
た
以前から交流のあるチェコの研究者にマルティン・ニーチェさんという友人がいます。哲学業界の方なら一度お会いすると忘れがたい名前でしょう。(マルティン)ハイデガーとフリードリッヒ(ニーチェ)を同時に連想させる名前ですからね。
今年の冒頭に彼から連絡があって、チェコ科学アカデミー(日本の学振みたいなところです)でアジアの研究者を招聘する新しいグラントができたので応募しようと思うが協力する気はないか、との問い合わせでした。せっかくのお誘いなので書類作りだけサクサクっと協力したら申請がめでたく通ってしまったのでプラハまでやって来ました、という次第です。3年ぶりに来ましたが、やはり美しい街です。
それで、科学アカデミーの哲学研究所にて「あいだ」の話をしてきました。ニーチェさんが数年前から「transitive (推移的・移行的)」というキーワードで現象学を組み立てようとしているのに呼応したものです。彼は自己と世界がともに絡み合いつつ生成するはざまの空間をtransiveという言葉でとらえているので。
私はメルロ゠ポンティの間身体性の話から始めて、間身体性がどのように間主観的に共有可能な意味の経験を生じさせるのか、それは木村敏がいう「あいだ」の概念によってどのように説明できるのか、「あいだ」の生成が自己と他者のはざまで共有可能な最初の社会的規範を生じさせること、「あいだ」の観点からすると他者理解は他者の知覚という一階の経験が判断という高階の経験へと高められる経験であること、等々の話をしてきました。
で、ひととおり仕事が終わった後で個人的に話をしていて笑ってしまいました。彼と私は歳が近いのですが、職場で部局のヘッドを今年から任されているのだとか。私も昨年からやむなく部署の主任をやっているのですが、管理職のストレスのせいでけっこう太ったのです(言い訳ではなく事実です)。とくに腹のでっぱりが気になる典型的なおっさん体型になりました。彼もしばらく見ないうちに見事なビール腹になっていました(チェコはビールがうまいのでなおさら?)。事情を聞いたら私と似たり寄ったりのストレスを抱えているようで、なんとも笑えました(管理職の辛さには同情を覚えましたが…)。お互い、よく似たしかたで職場のストレスに対処しているんでしょう。
これもまた人と人との「あいだ」の問題といえばそうなのですが、あいだはシステムとしての自律性を持つので、問題への対処は個人の努力だけではなかなかうまくいきませんね。
た
2019年10月16日水曜日
意識の科学の冒険 (11/9-10 北大札幌)
こんなご案内をいただきました。
「意識の科学の冒険:哲学・脳科学・AI・ロボット研究のクロスオーバー」
(2019年11月9-10日,北海道大学札幌キャンパス,医学部学友会館フラテホール)
意識をめぐって、二日にわたって豪華メンバーによる講演がずらっと並んでいます。今朝職場のメールボックスをあけたら、上記ポスターが届いていたのでご紹介した次第です。個別に郵送して周知するあたりがすごい気合の入りようですよね。あれ、というか、私も北大に設置されるこの新しいセンター(人間知×脳×AI研究教育センター・CHAIN)と学外で連携するメンバーということらしいので、ポスターを通じて周知にご協力を、という趣旨なのかもしれませんね。
いずれにしてもみなさま、センターの設立記念にふさわしい一線の研究者が集うイベントなので、札幌に足を伸ばしてみてはいかがでしょう。田中は残念ながら同日に別件の研究会があって行けないのですが…
た
2019年9月24日火曜日
記念すべき1本 (田中・浅井・金山・今泉・弘光 2019)
以下のレビュー論文が早期公開されました。
田中彰吾・浅井智久・金山範明・今泉修・弘光健太郎(2019)「心身脳問題ーーからだを巡る冒険--」『心理学研究』doi.org/10.4992/jjpsy.90.18403(12月発行予定の90巻5号に掲載予定です)
リンクからPDFをダウンロードできますので、ぜひご覧ください。この論文は、2018年3月に開催した国際シンポジウム「Body Schema and Body Image」からのスピンオフです。浅井さん、金山さん、今泉さん、弘光さん、それぞれに発表いただいた内容を私のものと合わせて1本のレビュー論文としてまとめました。
共著者の皆さんとは2015年から折に触れて研究会を開催しながら議論を重ねてきたのですが、それがこうして論文にまとまるのは、とても感慨深いものがあります(皆さんありがとう)。全員依拠する分野が少しずつ異なっていますが(実験心理〜神経生理〜神経心理〜哲学)、身体に関心があって、身体と脳の関係を理解し、身体・運動から見えてくる自己を解明しようとする点では共通の問題意識を持っています。議論をすると時間を忘れて熱中することもしばしばです。そんなメンバーで共著論文を書くのは、とても刺激的な経験でした。
内容は、19世紀末に始まった身体意識研究の歴史的展開を振り返り、理論的展開をたどりつつ、現代の科学的研究に接合することを企図しています。Body SchemaとBody Imageが鍵になる概念として登場しますが、身体所有感、運動主体感、(ミニマルな)自己とのつながりも論じています。心身問題ではなく「心身脳問題」という術語も、このあたりの問題意識を示唆するこの論文ならではの工夫になっているかと思います。
多くの人が参照してくれるレビュー論文になってくれることを祈りつつ、世に送り出したいと思います。
た
内容は、19世紀末に始まった身体意識研究の歴史的展開を振り返り、理論的展開をたどりつつ、現代の科学的研究に接合することを企図しています。Body SchemaとBody Imageが鍵になる概念として登場しますが、身体所有感、運動主体感、(ミニマルな)自己とのつながりも論じています。心身問題ではなく「心身脳問題」という術語も、このあたりの問題意識を示唆するこの論文ならではの工夫になっているかと思います。
多くの人が参照してくれるレビュー論文になってくれることを祈りつつ、世に送り出したいと思います。
た
2019年9月8日日曜日
雑誌『臨床心理学』に寄稿しました
明日発売になる雑誌『臨床心理学』第19巻第5号(金剛出版)に寄稿しました。オープンダイアローグ(フィンランド発祥の精神疾患への対話的介入法)の特集号で、田中は「対話する身体」というタイトルで短い原稿を寄せています。
以下、寄稿部分の目次です。
田中彰吾「対話する身体――生きた経験」
Ⅰ はじめに――対話を支える身体性
Ⅱ 間身体性、コミュニケーション、他者理解
Ⅲ 対話の場の生成
私はオープンダイアローグの現場を見学したことがないので、提唱者のセイックラ氏の論文や著作を参考にしながら「対話」を支える身体性について考察しました。だいぶ前から一瞥しただけで積読状態になっていた氏の著作をこの機に読み直してみて、オープンダイアローグがとても効果的な対処法であることは十分に理解できました。自分がそこにいることが無条件に肯定されている、と疾患の当事者が感じられるような場づくりのヒントをたくさん備えているのですね。私は身体性の観点から多少なりともそのようなヒントを読み解く努力をしてみました。ご一読いただけると幸いです。
た
以下、寄稿部分の目次です。
田中彰吾「対話する身体――生きた経験」
Ⅰ はじめに――対話を支える身体性
Ⅱ 間身体性、コミュニケーション、他者理解
Ⅲ 対話の場の生成
私はオープンダイアローグの現場を見学したことがないので、提唱者のセイックラ氏の論文や著作を参考にしながら「対話」を支える身体性について考察しました。だいぶ前から一瞥しただけで積読状態になっていた氏の著作をこの機に読み直してみて、オープンダイアローグがとても効果的な対処法であることは十分に理解できました。自分がそこにいることが無条件に肯定されている、と疾患の当事者が感じられるような場づくりのヒントをたくさん備えているのですね。私は身体性の観点から多少なりともそのようなヒントを読み解く努力をしてみました。ご一読いただけると幸いです。
た
2019年8月29日木曜日
現象学入門:発売から1年
宮原さんと翻訳したコイファー&チェメロ『現象学入門-新しい心の科学と哲学のために』(勁草書房・2018年)の刊行から1年がたちました。先日、担当の編集者だったDさんから売行きについてご連絡をいただきました。あまり細かい数字は書けませんが、刊行から1年で1100部ほど売れているそうです。
ご購入いただいたみなさま、ありがとうございます。入門書とはいえ、この手の哲学書は平均的には数年で2000部ぐらいしか売れないものなので、予想以上に多くの方に手に取っていただいたことを嬉しく思っています。
ちなみに、昨日・一昨日と著者の一人アントニー・チェメロさんに初めてお会いしました。立教大学で開かれた「Radical Embodied Cognition」というワークショップでご一緒したのですが、さすがに自分で訳したいと思った本の著者だけあって考え方も近く、意気投合する出会いでした。
そのとき彼から聞いたことの中には、本書のバージョンアップ情報も含まれていました。本書は英語版も評判が良かったらしく、共著者のコイファーさんと第二版を準備しているそうです。今までにあるようでなかったタイプの入門書で(例外はギャラガー&ザハヴィの『現象学的な心』ですが、こちらは入門書というほど読みやすくありませんでした)、心の科学の未来を開く視点で現象学を紹介しているので、わくわくしながら読んだ読者が多かったのではないでしょうか。
第二版、もちろん日本語に訳して紹介したいところではありますが、実現するにはこのまま順調に売れ続けてくれないと難しいのかもしれません。引き続き、みなさまのご声援をいただけると幸いです。
た
ご購入いただいたみなさま、ありがとうございます。入門書とはいえ、この手の哲学書は平均的には数年で2000部ぐらいしか売れないものなので、予想以上に多くの方に手に取っていただいたことを嬉しく思っています。
ちなみに、昨日・一昨日と著者の一人アントニー・チェメロさんに初めてお会いしました。立教大学で開かれた「Radical Embodied Cognition」というワークショップでご一緒したのですが、さすがに自分で訳したいと思った本の著者だけあって考え方も近く、意気投合する出会いでした。
そのとき彼から聞いたことの中には、本書のバージョンアップ情報も含まれていました。本書は英語版も評判が良かったらしく、共著者のコイファーさんと第二版を準備しているそうです。今までにあるようでなかったタイプの入門書で(例外はギャラガー&ザハヴィの『現象学的な心』ですが、こちらは入門書というほど読みやすくありませんでした)、心の科学の未来を開く視点で現象学を紹介しているので、わくわくしながら読んだ読者が多かったのではないでしょうか。
第二版、もちろん日本語に訳して紹介したいところではありますが、実現するにはこのまま順調に売れ続けてくれないと難しいのかもしれません。引き続き、みなさまのご声援をいただけると幸いです。
た
2019年8月24日土曜日
9月の予定(3):心理学会
その3。
今年も日本心理学会で現象学系のシンポを開きます。しかも今回は大会委員の森岡正芳先生のご尽力で大会準備委員会の企画シンポとして開催していただけることになりました。
日本心理学会第83回大会
立命館大学大阪いばらきキャンパス
2019年9月13日(金) 09:30-11:30 第三会場 AC130
シンポジウム「心理学と現象学-その関係の過去・現在・未来」
(企画)森岡正芳
(話題提供)森岡正芳(立命館大学)・渡辺恒夫(東邦大学)・田中彰吾(東海大学)
(指定討論)村上靖彦(大阪大学)・Jaan Valsiner(Aalborg University)
なんとも豪華なメンバーですね(私はともかく)。
こちらも公開企画なので、一般の方も来場できます。
ヴァルシナー先生とお会いするのは2年ぶりですが、このテーマでどんなことをコメントしてくれるのか、けっこう楽しみにしています。田中は現象学と近年の認知科学について、とくに身体性認知の問題を話すことになると思いますが、彼の立場である文化心理学との接点については以前から考え続けている論点なので、自分の考えを深めるいい機会になりそうです。
とはいえ、まずは一般の皆さま向けにわかりやすい話にしなくてはなりませんね。できるだけ予備知識なしでもわかる話にしたいと思っています。
た
今年も日本心理学会で現象学系のシンポを開きます。しかも今回は大会委員の森岡正芳先生のご尽力で大会準備委員会の企画シンポとして開催していただけることになりました。
日本心理学会第83回大会
立命館大学大阪いばらきキャンパス
2019年9月13日(金) 09:30-11:30 第三会場 AC130
シンポジウム「心理学と現象学-その関係の過去・現在・未来」
(企画)森岡正芳
(話題提供)森岡正芳(立命館大学)・渡辺恒夫(東邦大学)・田中彰吾(東海大学)
(指定討論)村上靖彦(大阪大学)・Jaan Valsiner(Aalborg University)
なんとも豪華なメンバーですね(私はともかく)。
こちらも公開企画なので、一般の方も来場できます。
ヴァルシナー先生とお会いするのは2年ぶりですが、このテーマでどんなことをコメントしてくれるのか、けっこう楽しみにしています。田中は現象学と近年の認知科学について、とくに身体性認知の問題を話すことになると思いますが、彼の立場である文化心理学との接点については以前から考え続けている論点なので、自分の考えを深めるいい機会になりそうです。
とはいえ、まずは一般の皆さま向けにわかりやすい話にしなくてはなりませんね。できるだけ予備知識なしでもわかる話にしたいと思っています。
た
9月の予定(2):体育学会
その2。
久々に日本体育学会におじゃまします。
日本体育学会第70回大会・公開シンポジウム
「テクノロジーの進化と体育・健康・スポーツ科学:eスポーツを題材に」
9月11日(水) 15:00-17:00 (慶応大学日吉キャンパス)
http://lib-arts.hc.keio.ac.jp/event/754
http://lib-arts.hc.keio.ac.jp/event/754
基調講演:Darlene A. Kluka(国際スポーツ体育協議会副会長)
「Technological evolution and physical education, health and sport sciences」
シンポジスト:
・佐藤晋太郎(早稲田大学)「eスポーツに関する研究動向と教育機関におけるプログラム化の現状」
・田中彰吾(東海大学)「身体性哲学からみるeスポーツ」
・秋吉遼子(東海大学)「eスポーツと体育・健康・スポーツ科学の接点とは」
9月の予定(1):認知科学会
来週のトークの準備もまだできていませんが、すでに決まっているその後の登壇予定をご紹介。その1。
日本認知科学会・第36回大会(静岡大学浜松キャンパス)
オーガナイズドセッション08「プロジェクションの理論とモデルへ向けて」
https://www.jcss.gr.jp/meetings/jcss2019/timetable.html#os6,8,9,10
9月7日(土) 12:45-15:15
オーガナイザー:嶋田総太郎(明治大学),久保南海子(愛知淑徳大学),川合伸幸(名古屋大学)
OS08-1 物語的自己とプロジェクション
嶋田総太郎(明治大学理工学部)
OS08-2 プロジェクションから考える「ふり遊び」
田中彰吾(東海大学)
OS08-3 対人関係に関する心理療法におけるプロジェクションの活用
三島瑞穂(宇部フロンティア大学)
OS08-4 実環境に存在しない他者をプロジェクションする -他者が実在しなくても,プロジェクションによって社会的変化が生じる-
中田龍三郎(名古屋大学大学院情報学研究科),川合伸幸(名古屋大学大学院情報学研究科)
OS08-5 身体のメンタルモデルと身体所有感の変化が痛み知覚に与える影響
松室美紀(立命館大学 情報理工学部),三浦勇樹(立命館大学 情報理工学研究科),柴田史久(立命館大学 情報理工学部),木村朝子(立命館大学 情報理工学部)
OS08-6 モノマネにおける投射とその共有
久保(川合)南海子(愛知淑徳大学 心理学部)
プロジェクション・サイエンスのセッションが認知科学会で組まれるということで、しばらくぶりに明治の嶋田先生とご一緒します。2017年の冬に認知科学会のシンポに呼ばれて話をさせていただいたのですが、1日話を聞いているうちに、身体性とプロジェクションの関係を考える格好の現象として幼児のふり遊びがあるのではないかと思い、この機に考えたいと思ったしだいです。「ふり遊び」、じつは現実とイマジネーションの関係が背後に控えていてなかなか壮大なトピックなのですが、今回はその初回ということで、問題の入り口について理論的な整理を試みてみます。
た
日本認知科学会・第36回大会(静岡大学浜松キャンパス)
オーガナイズドセッション08「プロジェクションの理論とモデルへ向けて」
https://www.jcss.gr.jp/meetings/jcss2019/timetable.html#os6,8,9,10
9月7日(土) 12:45-15:15
オーガナイザー:嶋田総太郎(明治大学),久保南海子(愛知淑徳大学),川合伸幸(名古屋大学)
OS08-1 物語的自己とプロジェクション
嶋田総太郎(明治大学理工学部)
OS08-2 プロジェクションから考える「ふり遊び」
田中彰吾(東海大学)
OS08-3 対人関係に関する心理療法におけるプロジェクションの活用
三島瑞穂(宇部フロンティア大学)
OS08-4 実環境に存在しない他者をプロジェクションする -他者が実在しなくても,プロジェクションによって社会的変化が生じる-
中田龍三郎(名古屋大学大学院情報学研究科),川合伸幸(名古屋大学大学院情報学研究科)
OS08-5 身体のメンタルモデルと身体所有感の変化が痛み知覚に与える影響
松室美紀(立命館大学 情報理工学部),三浦勇樹(立命館大学 情報理工学研究科),柴田史久(立命館大学 情報理工学部),木村朝子(立命館大学 情報理工学部)
OS08-6 モノマネにおける投射とその共有
久保(川合)南海子(愛知淑徳大学 心理学部)
プロジェクション・サイエンスのセッションが認知科学会で組まれるということで、しばらくぶりに明治の嶋田先生とご一緒します。2017年の冬に認知科学会のシンポに呼ばれて話をさせていただいたのですが、1日話を聞いているうちに、身体性とプロジェクションの関係を考える格好の現象として幼児のふり遊びがあるのではないかと思い、この機に考えたいと思ったしだいです。「ふり遊び」、じつは現実とイマジネーションの関係が背後に控えていてなかなか壮大なトピックなのですが、今回はその初回ということで、問題の入り口について理論的な整理を試みてみます。
た
2019年8月4日日曜日
Radical Embodied Cognition (8/27-28 立教大学池袋)
例によってイベントのお知らせ。約3週間後、立教大学で以下のイベントが開催されます。
Workshop: Radical Embodied Cognition
2019年8月27日(火)-28日(水)
立教大学池袋キャンパス本館1204教室
プログラム
8月27日
10:00-12:30
Ryosaku Makino : “How to co-operate daily activity between disabled person and his family”
Haruka Okui : “The Interactive Body Schema in Japanese Puppetry”
XU Zhu : “Embodied Belief and Self-knowledge”
13:30-17:00
Jean-Michel Roy : TBA
Ryoko Nishii: “Touching the body at Death: Muslim-Buddhist co-existence in Southern Thailand”
Shoji Nagataki : Facial and behavioral expression as a clue to understanding other minds: from a philosophical and an experimental viewpoint
8月28日13:00-18:30
Anthony Chemero : “Radical Embodiment and Real Thinking”
YU Feng : “Skill, Practical Wisdom and Motor intentionality”
Takayuki Tomono: “Does passing-through behavior change when you try to pass through two people while their gaze is or is not directed to you?”
Satoshi Sako : “Projection as a Way of Embodied Learning ― On Metaphor and Abduction”
Shogo Tanaka : “Motor learning and body schema/image distinction”
Workshop: Radical Embodied Cognition
2019年8月27日(火)-28日(水)
立教大学池袋キャンパス本館1204教室
プログラム
8月27日
10:00-12:30
Ryosaku Makino : “How to co-operate daily activity between disabled person and his family”
Haruka Okui : “The Interactive Body Schema in Japanese Puppetry”
XU Zhu : “Embodied Belief and Self-knowledge”
13:30-17:00
Jean-Michel Roy : TBA
Ryoko Nishii: “Touching the body at Death: Muslim-Buddhist co-existence in Southern Thailand”
Shoji Nagataki : Facial and behavioral expression as a clue to understanding other minds: from a philosophical and an experimental viewpoint
8月28日13:00-18:30
Anthony Chemero : “Radical Embodiment and Real Thinking”
YU Feng : “Skill, Practical Wisdom and Motor intentionality”
Takayuki Tomono: “Does passing-through behavior change when you try to pass through two people while their gaze is or is not directed to you?”
Satoshi Sako : “Projection as a Way of Embodied Learning ― On Metaphor and Abduction”
Shogo Tanaka : “Motor learning and body schema/image distinction”
田中は二日目の最後に登壇します。「Motor learning and body schema/image distinction」(運動学習と身体図式/イメージの区別)というタイトルでお話しします。ただいま、身体図式と身体イメージで論文を執筆中なので、それをそのままタイトルにしました。安易なやり方で申し訳ないのですが、発表と執筆を同時進行にしておかないと、仕事が多すぎて手が回らないのですよね…。
ところでこのイベント、新学術領域の「顔・身体学」の主催なんですね。秋にこの領域での科研費の公募があるので、次こそは申請したいなと思っています。このサイトをちょくちょく訪れてくれる研究者の方々、一緒に面白い企画を考えてみませんか?
た
2019年7月16日火曜日
IHSRC 2021 Tokyo
先月末、ノルウェーのモルデで開催された国際会議 (38th International Human Science Research Conference) に参加してきました。
モルデは北緯62度、しかも訪れた時期が夏至直後ということで、夜らしい夜がなくほぼ白夜に近かったです。初めての経験だったのですが、1週間現地にいるとかなり疲れました。というのは、深夜もずっと空が明るくて、ホテルのカーテンもなぜか薄く、眠りについても明け方まで何度も目が覚めてははっとして時計を見る、ということを毎晩繰り返していたからです。明るさ〜暗さのサイクルがいつもと違うので、「何時間寝たか」というのが覚醒時の明るさで直感的にわからないのですよね。
それで、表題の件です。昨年の大会に行った時に東京での開催を関係者に話してみて好感触だったので、今回は正式にビジネスミーティングで2年後の東京開催について提案してきました。…で、めでたくその場で承認されました!「東京開催なら参加したい」との声も複数寄せられ、とても好感触でした。北緯62度の街まで足を伸ばした甲斐がありました。
この学会は、現象学を中心とする人間科学、とくに心理・教育・看護・福祉などの関連分野の方々が集まって議論している場所です。現象学に由来する質的研究を実践する研究者が集まる学会としては、国際的にはもっとも長い伝統を持っていると思います。隔年で北米とヨーロッパを往復して開催されていて、アジアでは過去に一度だけ2001年に東京で開催されています。次の2021年は20年ぶり二度目のアジア開催、しかも40回目という記念すべき回になります。
これから準備が大変になりそうですが、関連する研究分野のみなさまは期待してお待ちください。日本で蓄積されている研究成果を国外に発信する貴重な場になることと思います。現役の研究者だけでなく、大学院生にも発表の場を広く開放したいと思っています。
た
モルデは北緯62度、しかも訪れた時期が夏至直後ということで、夜らしい夜がなくほぼ白夜に近かったです。初めての経験だったのですが、1週間現地にいるとかなり疲れました。というのは、深夜もずっと空が明るくて、ホテルのカーテンもなぜか薄く、眠りについても明け方まで何度も目が覚めてははっとして時計を見る、ということを毎晩繰り返していたからです。明るさ〜暗さのサイクルがいつもと違うので、「何時間寝たか」というのが覚醒時の明るさで直感的にわからないのですよね。
それで、表題の件です。昨年の大会に行った時に東京での開催を関係者に話してみて好感触だったので、今回は正式にビジネスミーティングで2年後の東京開催について提案してきました。…で、めでたくその場で承認されました!「東京開催なら参加したい」との声も複数寄せられ、とても好感触でした。北緯62度の街まで足を伸ばした甲斐がありました。
この学会は、現象学を中心とする人間科学、とくに心理・教育・看護・福祉などの関連分野の方々が集まって議論している場所です。現象学に由来する質的研究を実践する研究者が集まる学会としては、国際的にはもっとも長い伝統を持っていると思います。隔年で北米とヨーロッパを往復して開催されていて、アジアでは過去に一度だけ2001年に東京で開催されています。次の2021年は20年ぶり二度目のアジア開催、しかも40回目という記念すべき回になります。
これから準備が大変になりそうですが、関連する研究分野のみなさまは期待してお待ちください。日本で蓄積されている研究成果を国外に発信する貴重な場になることと思います。現役の研究者だけでなく、大学院生にも発表の場を広く開放したいと思っています。
た
2019年7月3日水曜日
合同研究会案内 (7/27 明治大学駿河台)
以下の通り、7月27日(土)に明治大学にて研究会を開催することになりました。今回は質的研究との接点で現象学について考えてみます。2016年に田中・渡辺・植田のチームで翻訳・刊行したD・ラングドリッジ『現象学的心理学への招待-理論から具体的技法まで』(新曜社)がとても近いテーマを扱っています。質的研究にご関心のあるみなさま、広くご参加をお待ちしております。
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心の科学の基礎論研究会(第85回)&エンボディードアプローチ研究会(第8回)・合同研究会
日時:2019年7月27日(土),14時〜17時
場所:明治大学駿河台キャンパス,研究棟4階・第1会議室
(https://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html)
プログラム
司会:植田嘉好子(川崎医療福祉大学)
14:00-14:10 趣旨説明:田中彰吾(東海大学)
14:10-14:50 話題提供1 田中彰吾(東海大学)
「ナラティヴ・アイデンティティと現象学的研究」
14:50-15:30 話題提供2 渡辺恒夫(東邦大学)
「「コミュ障」の批判的ナラティヴ現象学」
15:30-15:50 休憩
15:50-16:30 話題提供3 セビリア・アントン(九州大学)
「自覚のための教育—ライフ・ストーリー面談とナラティヴ・セラピー面談の比較研究」
16:30-17:00 ディスカッション
指定討論者:森直久(札幌学院大学)
講演要旨
1)「ナラティヴ・アイデンティティと現象学的研究」田中彰吾(東海大学)
よく知られるように、ナラティヴの概念は認知心理学者のブルーナーが1980年代に提起したもので、「ナラティヴ様式」は科学的研究を支える「論理-科学的様式」には還元できないとされる。この主張は、人間行動の科学的法則を探る量的研究とは区別して、人々の発する語りにもとづく質的研究を促進するものになっていた。ここから各種のナラティヴ・アプローチが派生することになるが、この発表で着目したいのは「ナラティヴ・アイデンティティ」の概念である。哲学者のリクールは、人々がみずからの人生について物語る行為が、物語の主人公としての自己アイデンティティを構成する点に注目している。人生を語るナラティヴには、自分の生きてきた過去を振り返り、将来の生き方の可能性をさぐることで、時間的に一貫した自己を構成する作用がある。現象学的心理学のラングドリッジは、リクールの考えを発展させ、社会的文脈との関係で語られざるままにとどまっている自己を読み解く方法を「批判的ナラティヴ分析(Critical Narrative Analysis, CNA)」として提唱している。この報告では、ブルーナーとリクールの考えを再度整理したうえで、CNAを中心としてナラティヴ心理学と現象学が連携する質的研究のあり方について考察する。
2)「「コミュ障」の批判的ナラティヴ現象学」渡辺恒夫(東邦大学)
現象学とナラティヴ心理学は両立不可能と見なされることが多いが、リクールとラングドリッジの批判的ナラティヴ分析に基づいて考案された「批判的ナラティヴ現象学」では、現象学とナラティヴ分析が「地平融合」の過程で互いに収斂することを、「コミュ障」研究を通じて示す。このスラングは若い世代によって、「非社交的」「対人スキルに乏しい」を意味する自嘲語として広く用いられている。本研究(渡辺、2019)では社交上の困難を訴えてオンライン上の援助を求め、読者がアドヴァイスする4事例が検討された。ナラティヴ分析によって全テクストは「垂直的ナラティヴ」対「水平的ナラティヴ」に分類された。前者では問題の原因が当事者の意識外に求められるため専門家の介入を要する。原因を「資本主義的生産様式」や「脳の不調」に求めるマルクス主義的ナラティヴや医科学的ナラティヴが代表だ。水平的ナラティヴでは原因は地平(=視座)が違えば異なる相を見せる。読者とのやり取りの過程を通じて多くの「水平的ナラティヴ」に接することで自尊感情を回復し、重要な自己洞察に達する例に、現象学的な「地平融合」が認められる。
3)「自覚のための教育―ライフ・ストーリー面談とナラティヴ・セラピー面談の比較研究」 セビリア・アントン(九州大学)
森昭(1915-1976)は戦後の日本教育学会を主導した教育哲学者のひとりである。森はプラグマティズムと実存主義を調和させ、その上に人間科学(特に発達心理学)を加え、「教育人間学」のアプローチを確立した。そのアプローチは教育における「自覚」「覚醒」を強調したが、その方法は「ナラティヴ教育学」と言える。森は二つの異なるナラティヴ教育を要求した―全体的なナラティヴ・アイデンティティのための教育、および、より流動的・偶然的なアイデンティティのための教育である。本発表において、私は、以上の二つのナラティヴ教育に相当するナラティヴ面談を考察したい。第一は、Dan McAdamsの「ライフ・ストーリー面談」(2008)である。理論的に見て、これは森の発達的教育論に類似している。第二は、マイケル・ホワイトとデイヴィッド・エプストンのナラティヴ・セラピーである。この方法は、教育カウンセリングにも応用されており、森の後者のナラティヴ教育に近い。私はこれを、Critical Narrative Analysisに類似した形で質的研究の面談として使えるものと考えている。以上をふまえ、最後に、ナラティヴ教育の授業(大学院)で取得した、両面談の(準備段階の)データを比較し、この二つのナラティヴの具体的な相違点と類似点を検討したい。
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心の科学の基礎論研究会(第85回)&エンボディードアプローチ研究会(第8回)・合同研究会
<シンポジウム「質的研究のための現象学とナラティヴ心理学」>
質的研究にかかわる研究者や臨床家のあいだでは、現象学もナラティヴ心理学も、一人称的観点からの語られる経験の記述を重視する方法として受け入れられてきた。現象学は、先入見を除いてありのままの経験に接近することを重視する。ナラティヴ心理学は、当事者による経験についての語りを内在的に理解しようとする。研究の焦点に違いはあるものの、「人々が経験していることの意味」の解明を目指している点では共通していると思われる。このシンポジウムでは、理論、臨床、事例研究など、それぞれが依拠する観点から現象学とナラティヴ心理学を論じ、質的研究における両者の交流を促進する機会としたい。日時:2019年7月27日(土),14時〜17時
場所:明治大学駿河台キャンパス,研究棟4階・第1会議室
(https://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html)
プログラム
司会:植田嘉好子(川崎医療福祉大学)
14:00-14:10 趣旨説明:田中彰吾(東海大学)
14:10-14:50 話題提供1 田中彰吾(東海大学)
「ナラティヴ・アイデンティティと現象学的研究」
14:50-15:30 話題提供2 渡辺恒夫(東邦大学)
「「コミュ障」の批判的ナラティヴ現象学」
15:30-15:50 休憩
15:50-16:30 話題提供3 セビリア・アントン(九州大学)
「自覚のための教育—ライフ・ストーリー面談とナラティヴ・セラピー面談の比較研究」
16:30-17:00 ディスカッション
指定討論者:森直久(札幌学院大学)
講演要旨
1)「ナラティヴ・アイデンティティと現象学的研究」田中彰吾(東海大学)
よく知られるように、ナラティヴの概念は認知心理学者のブルーナーが1980年代に提起したもので、「ナラティヴ様式」は科学的研究を支える「論理-科学的様式」には還元できないとされる。この主張は、人間行動の科学的法則を探る量的研究とは区別して、人々の発する語りにもとづく質的研究を促進するものになっていた。ここから各種のナラティヴ・アプローチが派生することになるが、この発表で着目したいのは「ナラティヴ・アイデンティティ」の概念である。哲学者のリクールは、人々がみずからの人生について物語る行為が、物語の主人公としての自己アイデンティティを構成する点に注目している。人生を語るナラティヴには、自分の生きてきた過去を振り返り、将来の生き方の可能性をさぐることで、時間的に一貫した自己を構成する作用がある。現象学的心理学のラングドリッジは、リクールの考えを発展させ、社会的文脈との関係で語られざるままにとどまっている自己を読み解く方法を「批判的ナラティヴ分析(Critical Narrative Analysis, CNA)」として提唱している。この報告では、ブルーナーとリクールの考えを再度整理したうえで、CNAを中心としてナラティヴ心理学と現象学が連携する質的研究のあり方について考察する。
2)「「コミュ障」の批判的ナラティヴ現象学」渡辺恒夫(東邦大学)
現象学とナラティヴ心理学は両立不可能と見なされることが多いが、リクールとラングドリッジの批判的ナラティヴ分析に基づいて考案された「批判的ナラティヴ現象学」では、現象学とナラティヴ分析が「地平融合」の過程で互いに収斂することを、「コミュ障」研究を通じて示す。このスラングは若い世代によって、「非社交的」「対人スキルに乏しい」を意味する自嘲語として広く用いられている。本研究(渡辺、2019)では社交上の困難を訴えてオンライン上の援助を求め、読者がアドヴァイスする4事例が検討された。ナラティヴ分析によって全テクストは「垂直的ナラティヴ」対「水平的ナラティヴ」に分類された。前者では問題の原因が当事者の意識外に求められるため専門家の介入を要する。原因を「資本主義的生産様式」や「脳の不調」に求めるマルクス主義的ナラティヴや医科学的ナラティヴが代表だ。水平的ナラティヴでは原因は地平(=視座)が違えば異なる相を見せる。読者とのやり取りの過程を通じて多くの「水平的ナラティヴ」に接することで自尊感情を回復し、重要な自己洞察に達する例に、現象学的な「地平融合」が認められる。
3)「自覚のための教育―ライフ・ストーリー面談とナラティヴ・セラピー面談の比較研究」 セビリア・アントン(九州大学)
森昭(1915-1976)は戦後の日本教育学会を主導した教育哲学者のひとりである。森はプラグマティズムと実存主義を調和させ、その上に人間科学(特に発達心理学)を加え、「教育人間学」のアプローチを確立した。そのアプローチは教育における「自覚」「覚醒」を強調したが、その方法は「ナラティヴ教育学」と言える。森は二つの異なるナラティヴ教育を要求した―全体的なナラティヴ・アイデンティティのための教育、および、より流動的・偶然的なアイデンティティのための教育である。本発表において、私は、以上の二つのナラティヴ教育に相当するナラティヴ面談を考察したい。第一は、Dan McAdamsの「ライフ・ストーリー面談」(2008)である。理論的に見て、これは森の発達的教育論に類似している。第二は、マイケル・ホワイトとデイヴィッド・エプストンのナラティヴ・セラピーである。この方法は、教育カウンセリングにも応用されており、森の後者のナラティヴ教育に近い。私はこれを、Critical Narrative Analysisに類似した形で質的研究の面談として使えるものと考えている。以上をふまえ、最後に、ナラティヴ教育の授業(大学院)で取得した、両面談の(準備段階の)データを比較し、この二つのナラティヴの具体的な相違点と類似点を検討したい。
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2019年7月1日月曜日
立正大学哲学会 (7/6 立正大学品川)
またしばらく放置していたら月が変わってしまいました。
今週土曜日に以下のイベントがあります。
立正大学哲学会・2019年度春秋大会
2019年7月6日(土) 13:30-18:20
立正大学品川キャンパス 9号館地下2階 9B23教室
16時から武内大先生の講演「星の魔術-現象学的元型論の展開」があり、田中はそこで特定質問者として登壇します。
現象学とユング心理学の関係は、大学院生のころにずいぶん考えたのですが、その後ずっと放置していました。今になってまた考え直すことになるとは…。諸般の事情で準備の時間があまり取れないので、当日ご講演を伺いながら元型について久々に考えたいと思います。知覚的現実と想像的現実の関係が焦点になりそうな予感がしますが、どうなることやら。
た
今週土曜日に以下のイベントがあります。
立正大学哲学会・2019年度春秋大会
2019年7月6日(土) 13:30-18:20
立正大学品川キャンパス 9号館地下2階 9B23教室
16時から武内大先生の講演「星の魔術-現象学的元型論の展開」があり、田中はそこで特定質問者として登壇します。
現象学とユング心理学の関係は、大学院生のころにずいぶん考えたのですが、その後ずっと放置していました。今になってまた考え直すことになるとは…。諸般の事情で準備の時間があまり取れないので、当日ご講演を伺いながら元型について久々に考えたいと思います。知覚的現実と想像的現実の関係が焦点になりそうな予感がしますが、どうなることやら。
た
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