2018年6月10日日曜日

離人症論文(Tanaka 2018)とブックガイド

以前ここでもお伝えしましたが、2016〜17年にかけて科研費の助成を受けてハイデルベルク滞在中に主に取り組んでいた離人症についての研究が、ようやく論文になって刊行されました。


「身体から切り離されているとはどういうことか?」という刺激的なタイトルをつけてありますが、離人症の主な症状のひとつである「disembodiment feeling(脱身体感)」を追求したものです。

脱身体感とは、自分が身体から離れたところにいるように感じられる、そこから自分の行為を傍観している感じがする、という症状を指します。文字通りに受け止めると体外離脱的な状態のようにも聞こえますし、心身二元論を支持する経験的事実のように解釈できるかもしれません。…ですが、本当のところはどうなんだろう、そういう理解でよいのだろうか、という疑問に取り組んでいます。

なお、実験的に引き起こされる体外離脱として知られる「フルボディ・イリュージョン」の体験内容と何がどう違うのか比較しながら、解明を試みています。詳細は本文に譲りますが、行為場面での主体感(sense of agency)に着目すると、必ずしも自己と身体が明確に切り離されている状態ではなさそうだ、というのが私の理解です。脱身体感を引き起こしている主な原因は、身体の所有感(sense of ownership)が極度に低下していることに由来していると思われます(その背景には離人症に特有の感情鈍麻があります)。こういう基礎的な理解が、将来の治療のヒントになればと願っています。
 
ところで、離人症については、知人の芹場輝さんがブックガイドを以前作成してくれたので、研究アーカイブに約1年前から掲載していました。掲載当初、洋書の案内もいずれ追加する予定になっていましたが、このたび、大幅に加筆増補したリストができました。

 *離人症・関連書籍

ご覧いただけるとわかりますが、離人症の関連資料について、日本語で書かれたもっとも網羅的なガイドになっています(英語でもこれほど充実したものは見たことがないです)。今回は洋書だけでなく全編が改訂されて、「入門・概説・ルポ編」7冊、「記録編」15冊、「研究書・専門書編」19冊、「治療編」4冊、「文学編」9冊、「映画編」2件、全体で21ページという充実ぶりです(「研究書・専門書編」には恥ずかしながら拙著も含まれています)。これを読むだけでも、離人症がどのような症状をともなう病理であるかを理解できると同時に、その臨床像が決して一様ではないということも把握できる内容になっていると思います。

では、また。


 

2018年6月7日木曜日

7/7に拙著の合評会があります

早いもので、北大路書房から『生きられた〈私〉をもとめて-身体・意識・他者』を出版して1年がたちました。この間、複数の大学院の授業で教科書として使って授業を実施しましたが、わりと好意的なフィードバックを学生からはもらっています(自分で言うのもアレですが)。
 
ひとつの理由はこういうことのようです。心の科学的研究に関連するトピックを取り上げながら、それを哲学的な論点と結びつけて考察を深めていく本って、ありそうでいて実際にはそう多くないのです。科学者が書くものは事実の記述に寄り過ぎているものが多いですし、哲学者の書くものは哲学上の論点が先行して研究上の知見にあまり寄り添っていないものが多いので(私は哲学側から書いていますが、できるだけ科学的研究が解明しようとしている当の主観的経験に沿って考察を進めることを心がけました)。
 
また、心の哲学を背景にするものなら類書はあったかもしれませんが、現象学を背景にするものは少なかったように思います。ギャラガー&ザハヴィの『現象学的な心』はありますが、内容は素晴らしいものの入門書と呼べるほど読みやすいものでもないですし。ちなみに、同じ勁草書房からもうすぐコイファー&チェメロ『現象学入門:新しい心の科学と哲学のために』が拙訳で出ますので、楽しみにしていてください。
 
…というわけで、この1年、拙著は地味ながら堅調に一定の読者に受容されている感じかも、というのが著者自身の見立てです。
 
ところで、そろそろ正式なお知らせが以下の研究会のウェブサイトに出ると思いますが、7/7に「心の科学の基礎論研究会」でこの本の合評会を開催してくださることになりました。評者は、東大精神科の榊原英輔さんです。どんな議論になるのか、楽しみにしています。
 

 

2018年5月20日日曜日

9月発売です-文化心理学関連

すっかり忘れていましたが、2017年1月にこんな記事を書いていました。
うれしい来客

その後複雑な経緯があって(…とジョヴァノビッチさんから裏話を聞いてます)編集が滞っていたらしいのですが、以下のタイトルでRoutledgeからようやく出版されるらしいです。

Gordana Jovanović, Lars Allolio-Naecke, Carl Ratner (eds.) 
The Challenges of Cultural Psychology: Historical Legacies and Future Responsibilities.
London, UK: Routledge.

文化心理学も近年わりと盛んではあるので、いろいろな研究がなされていますが、基本的にはいまだに比較文化的なアプローチが多いように思います。要は、文化を一種の独立変数として事象を説明するようなアプローチですね。

今回出る本は、いわゆる比較文化的なアプローチとは明確に違います。理論的背景を重視しながら「そもそも文化とは」という次元に哲学的あるいは歴史的な観点から切り込んだチャプターがたくさん配置されています。上のリンクから目次を見てもらえばわかると思いますが、第2部ではヴィーコ、ディルタイ、カッシーラーといった哲学者の仕事が取り上げられ、第4部ではロム・ハレやケネス・ガーゲンのような哲学的心理学に近いスタンスの人たちが寄稿しています。

私も「日本的自己」について初めてまとまった文章を書きました(17章に「The Self in Japanese Culture from an Embodied Perspective」のタイトルで入っています)。以前から「西洋的vs東洋的」という二分法に陥らないやり方で、身体性に基礎を置いて自己と文化の問題を考えてみたかったので、ちょうどいい考察の機会を与えていただきました(もう少し詳しいことは上記の「うれしい来客」で読めます)。
 
そういえば、論文ではなく書籍に英文で寄稿するのはけっこう久しぶりです。しかも今回はRoutledgeのようなメジャーな出版社なので、出版された本を手にするのを楽しみにしています。
 

 

レジュメ追加(フックス『脳のエコロジー』)

しばらくぶりに研究アーカイブのページを更新しました。

今回は、ただいま読書会が進行中の Thomas Fuchs "Ecology of the Brain" の序文 (introduction)を追加しました。
https://drive.google.com/file/d/1v4gGBht7zfOp6tEG7nOpSoa7QYb8wa-M/view

論旨は明確なので、ここであれこれ解説を加える必要はないでしょう。リンクをたどって内容をご覧ください。

本書はやはり、神経科学の哲学における新たな動向として、注目すべき内容を多く含んでいるように思います。脳を環境との関係で考える、というエコロジカルな発想は以前からあったように思いますが、それをソーシャル・ブレインおよび間主観性との関連でも論じている点は、私の知る限り例がほとんどないように思います。


 

2018年4月29日日曜日

台湾に行ってきます

去年のいまごろ「イスラエルに行ってきます」と書いていたのですが、今年はGWを使って台湾に行ってきます。
 
これもちょうど去年の今ごろだったように記憶していますが、International Human Science Research Conferenceという国際会議を東京で開催できないかという相談をS・ホーリングというシアトル大学の先生とメールでやり取りしていたのでした。日本語にすると「国際人間科学研究会議」となるでしょうか、現象学に影響を受けて心理や教育や看護などの領域で研究を展開している研究者が集まる学会があります。
 
そのときに、話の流れで日本だけでなく台湾の研究者(東アジアからIHSRCに参加するのは日本と台湾の研究者が多いのです)とも共同できるといいですね、ということになったので、以前から交流のあった台湾の国立東華大学にいる李先生に相談したのでした。李先生は台湾出身でアメリカのデュケイン大学で学位を初めて取った方です。デュケインは知っている人は知っていると思いますが、A・ジオルジが現象学的心理学の学派を立ち上げた場所で、今でも北米では現象学がもっとも盛んな大学のひとつです。そういえば2016年にプラハで会った「The End of Phenomenology」の著者のスパロウさんもデュケインの出身だと言ってました。
 
…それで、話がちょっと脱線気味なのですが、そんなこんなでIHSRC日本開催に向けて李先生と一緒に日本と台湾の研究者の交流を進めることになりました。3月に主催した身体図式と身体イメージのシンポジウムで彼に日本に来てもらったので、こんどは私が現地に行って来ます。現地滞在3日で3大学を回って3講演というなんとも大変なスケジュールなんですが、とりあえず今回は関連分野の研究者のネットワークを広げるために行ってくるという感じです。台湾に行くのはかれこれ15年ぶりくらいなので、街の景観や人々がどんな風に変わっているのか自分の目で確かめたいです。
 

 

2018年4月18日水曜日

コイファー&チェメロ『現象学入門』・続報

この記事からすでに1年以上ですか…

コイファー&チェメロ『現象学入門』
https://embodiedapproachj.blogspot.jp/2017/01/blog-post_29.html

翻訳作業について、ようやく続報です。先ほど、訳者解説まで含めてすべて勁草書房の担当編集者さんにお送りしました! 今回はアメリカで研究中の宮原克典さんと共訳で取り組んでいるのですが、優秀な若手とのコラボは仕事が楽しいし捗るし、やっぱりいいものですね(ちなみに訳業に着手して1年以上経過していますが、翻訳にかけた実時間はかなり短いと思います)。
 
中身のことを紹介する時間が今はないので、興味のある方は上の記事をたどってみてください。現象学と心の科学の接点で書かれた本で、とくに身体性認知科学の未来を占う内容を含む一冊になっています。それを反映して、邦訳は『現象学入門-新しい心の科学と哲学のために』というタイトルで刊行することになりそうです。ともあれ、面白い本ですよ〜
 
さ、これから明日の教授会の準備をしなければ。管理職つら…。


 

2018年4月4日水曜日

新ジャーナル:Human Arenas

新年度ですね。

年度始めそうそう、「現代教養センター主任」というなんとも大変な辞令をいただいてしまいました。ぁぁあ、部署での立場や年齢を考えると管理職の業務が自分にも回ってくるのは致し方ないとはいえ、研究者として片づけねばならない仕事が山積している状況では、体が二つないと務まらないかも…と不安に感じている次第です。

ところで、辞令をもらったその同じ日に、嬉しいお知らせが届きました(あ、管理職の辞令が嬉しくないといっているわけではありません)。私も共同編集者(associate editor)として加わっている新ジャーナル「Human Arenas」のVolume 1, Issue 1がついに刊行されたそうです。
 
Human Arenas
Volume 1, Issue 1, March 2018


 
編集代表は、デンマーク、オールボー大学のルカ・タテオ氏と、イタリア、サレルノ大学のジュゼッピーナ・マルシコ氏のお二人です。私は文化心理学方面の仕事でお二人といろいろと仕事上の議論を共有しているうちに雑誌に参加することになりました。

このジャーナルは、かなり広めの読者と執筆者を念頭に置いて発行されています。発行元のSpringerのホームページでは「Cognitive Psychology」に分類されていますが、認知心理学だけではなくて、心理学の理論的基礎を扱う関係で、社会学、言語学、生物学、哲学など、隣接領域との議論もいろいろと扱っていくものになる見込みです。二人の後ろには博学なJaan Valsinerさんがアドバイザーとして控えているので、広角だけど芯はしっかりした雑誌になるのだろうと思います。

関心のある方は、ぜひ以下の原稿募集ページをご覧ください。学会ベースの一般的なジャーナルには見られない趣向が凝らされていることに気づかれると思います。

Call for articles and special sections
 
いろいろな趣旨の誌上特集にも柔軟に対応できるジャーナルなので、心理学の境界領域で特集を組んでみたい方なども、ぜひアイデアをお寄せください。

…というか、その前に次の特集号に自分の原稿を書かねばならないのですが、間に合うんでしょうか…



 

2018年3月30日金曜日

お礼申し上げます

3/24-25に開催した国際シンポジウム「Bosy Schema and Body Image」は、盛況のうちに無事終了しました。ご来場いただいた方々、発表してくれた方々、運営を手伝ってくれた方々、皆さまありがとうございました。
 
個人的な感想を少し。使用言語を英語にして最初にワークショップを開催したのは2012年だったのですが、あれから5年半たって、オーガナイズもかなり公共性の高いものにできるようになったと思います。
 
今回は最初からアタリアさんと二人で話を進めて、フォーマルな「依頼講演」はショーン・ギャラガー氏以外にはお願いせず、残りは発表を公募し、普段から緊密に研究協力している人たちにお声がけしたり、あとは学術系SNSにCall for Papersを掲載したりしました(発表13件のうち4件は、私もまったく面識がない人たちによるものでした)。
  
依頼講演の件数が多くなると、どうしても議論にある種の遠慮が出てしまいます。今回のシンポジウムのように学際的な場での議論には、分野の違いについてのリスペクトはもちろん必要なのですが、遠慮なく互いに言い合える雰囲気を作ることがとても重要です。でないと、新しい知見に気づいたり、既存の事実についての理解を深めたりすることが可能になりません。
 
そういう意味では、今回はとてもいい議論ができたと思います。身体図式も身体イメージも、神経科学的に見ると脳の中の身体表象(body representation)という理解ができるのですが、現象学的に見ると必ずしもそういう理解は適切ではありません。身体は知覚と行為の主体として世界に埋め込まれています。
 
つまり、「body in the brain」という見方を取るのか、「body in the world」という見方を取るのか、認識論的な枠組みの違いが問題になります。また、どちらの見方に立っているかに応じて、身体図式と身体イメージをどう区別するかという理解の違いも生じてきます。これがさらに広がって、具体的な各種の現象について、説明のしかたの枠組みを作っていくことになります。今回も、幻肢、ラバーハンド錯覚、痛覚失認、PTSD、拒食症、運動学習など、さまざまな現象に沿って図式とイメージの差異と相互作用が問題にされていました。
 
簡単に結論が出るわけではないのですが、認識論的な違いまで論点を明確にできると、議論全体のマッピングが可能になるようなしかたで、問題の構図が見えてきます。一方が正しくて他方が間違っている、ではなくて、ある議論はある範囲において部分的に正しく、別の議論は別の範囲において部分的に正しい、という位置関係が相対的に見えるようなマップです。今回は、身体性の問題をめぐって、そうしたマップがだいぶ見えた印象を持ちました。このマップを手がかりに、成果を一冊の本として編集したいと思っています。
 
今回も思いましたが、いい意味で遠慮のない議論のなかで、新しい実験の着想が可能になったり、現場での観察から理論への示唆が可能になったり、といった知の創造が可能になるのだろうと思います。次はどのような形で開催するか未定ですが、実験・理論・臨床というコラボレーションでの議論の場は続けたいと考えています。
 
ところで、今回は2017年度の秋学期に駒場の授業で教えていた学生さんたちが運営をいろいろと手伝ってくれたのですが、終わった後で彼らの目がきらきらと輝いていたのが印象的でした。次世代の人たちに何かが伝わると、やっぱりやって良かったな、と強く思います。
 



2018年3月16日金曜日

ずっと準備中の日々

授業期間と入試業務が終わった2月の中旬ごろから、講演やら発表やら、いろいろと人前でお話ししたり議論したりする宿題をこなす日々が続いています。備忘録を兼ねて書いておくと、こんな感じです。
  • 文明研究所での講演(2/24「20世紀人文思想における身体を振り返る」)
  • フックスさんに新著『Ecology of the Brain』についてインタビュー(3月冒頭)
  • ヨーロッパ学術センターでの国際シンポジウム「3rd Dialogue between Civilizations」で企画したパネル(3/8「Embodiment, Culture and the Self」)で話す内容の準備
  • 現代教養センターでの科研費と在外研究についての報告(3/14:在外研究報告会「生きられた〈私〉をもとめて」)

そして、ただいま以下2件の準備中です。

  • 3/21の国際シンポジウム「社会構築主義の視点と臨床の現場」での話題提供(「現象学的心理学の立場から」)
  • 3/24-25の国際シンポジウム「Body Schema and Body Image」でのレクチャー(「Body schema and body image in motor learning」)

 
うーむ。さすがにこうして毎週のようにトークが控えていると、1件終わると次の準備で頭の中を切り替えなくてはならないので、余韻のなかで考えを深めることができないですね。もちろん根っこではすべて現象学と身体論につながっているとはいえ、人前で話をして、議論をして何かを受け取って、それをもとに余韻のなかで考えて、という循環が早すぎて、まとまった文章や論文にする時間が取れません。
 
きっと、書くのが早い学者さんは合間の移動時間とかで論文のプロトタイプになる原稿を発表後にさらさらと書いてしまうのではないかと思いますが、私にはそこまでの器用さはないなぁ…
 
 

2018年3月7日水曜日

イベント案内(3/21@本郷)

近頃イベント案内ばかりになってしまっていますが…こりずに今日もご案内します(笑

国際シンポジウム
社会構築主義の視点と臨床の現場
--Vivien Burr教授をお招きして--

2018年3月21日(木) 13:00-17:15
東京大学本郷キャンパス 福武ホール
 

詳しい案内は下記ページで見られます。

以下から事前申し込みが必要とのことです。
 
田中も話します。「現象学的心理学の立場から」というお題をいただいています。自分でオーガナイズする別件の国際シンポジウム(Body Schema and Body Image)の3日前なのでなかなか準備が大変そうなのですが、社会構築主義と現象学的心理学の接点と違いについて考えるいい機会になりそうです。

ちなみに、バー先生の仕事って、大学院生の頃に訳本(上の写真にある『Social Constructionism』の初版の訳本です)で接して以来です。まさかあれから20年もたってご本人に仕事でお会いできるチャンスがめぐってこようとは。当時の読書メモとかどこかに残ってないかな… 
 
 


2018年3月3日土曜日

3/24-25国際シンポ・ポスター

前記事でもご案内しましたが、3/24-25に国際シンポジウム「Body Schema and Body Image」を開催します。
 
2018年3月24日(土) 09:30-17:30
2018年3月25日(日) 10:00-18:00
東京大学駒場1キャンパス・2号館3階・308教室
 
24日昼に発表もされる今泉修さんが、クールなポスターを作ってくれました(感謝です)。画像をここに貼っておきます。
 
 
PDF版も用意してあります。ここのページにアクセスしてみてください。
https://drive.google.com/file/d/1Bkx_rBikv-h7K2rCztw3S-ldkVJUoSUi/view
 
以下のページからオンラインで参加登録ができます(人数把握のため事前にご登録をお願いしています)。
参加登録:https://goo.gl/forms/650de8h9h0A7LgPe2 
 
3週間後のイベントになります。皆さまと会場でお会いできるのを楽しみにしています。 

2018年2月21日水曜日

国際シンポ(3/24-25@駒場)特設ページ

来月、2018年3月24日〜25日に国際シンポジウムを開催します。

2018年3月24日(土) 09:30-17:30
2018年3月25日(日) 10:00-18:00
東京大学駒場1キャンパス・2号館3階・308教室

ページを切り替えると特設ページに進めるほか、上記リンクをクリックしても同じページに進めるようになっています。
 
前にシンポジウムでイスラエルを訪問したことを記事に書きましたが、そのさいにいろいろと議論を共有した若手研究者にヨハイ・アタリアさん(テル=ハイ・カレッジ上級講師 / オープン大学研究員)という方がいます。今回のシンポジウムはアタリアさんと議論を進めるうちに共同でオーガナイズすることになったものです。
 
そこまで議論が深まるきっかけを提供してくれたのは、哲学者ショーン・ギャラガー氏の仕事です。ギャラガー氏は身体性と自己の関連について、所有感(sense of ownership)と主体感(sense of agency)という二つの概念で整理しています。アタリアさんも田中も、彼のこの仕事から影響を受けて仕事をしているので、イスラエルを訪れたさいにかなり深く議論を共有したのでした。
 
準備を進めるうちにこれはギャラガー氏本人にも出て欲しいよね、という話になってご本人に出演を依頼してみたところ、ご快諾いただきました。超多忙な方のため来日はかなわず、今回はオンライン出演ですが、25日の朝10時から基調講演で登壇される予定です。「Reimagining the body image」(身体イメージを再度イメージする)というタイトルをいただいています。どんな講演になるのか楽しみです。
 
ぜひ、発表メンバーとタイトルを特設ページでご覧ください。神経科学の議論から哲学的な議論まで、身体性をめぐって経験科学と哲学が対話するプログラムになっているのがおわかりいただけるかと思います。ギャラガー氏の著作のように、科学と哲学が対話することで新しい議論が生まれて来る場所になることと思います。ご期待ください。
 
講演はすべて英語なのでハードルが高いと感じる方も多いかもしれませんが、そういう方は将来の英語での発表準備の学習にご活用ください(笑)。どなたでも参加できます。費用は無料です。
 
以下のページからオンラインで参加登録ができます(人数把握のため事前にご登録をお願いしています)。
参加登録:https://goo.gl/forms/650de8h9h0A7LgPe2 
  
皆さまのご来場をお待ちしています。
 

2018年2月16日金曜日

イベント案内(3/13-14,16@立教)

こういうご案内をいただきました。立教大学の河野先生からです。
画像を貼り付けておきます。
  
公開シンポジウムとB・アンドリュー講演会
「間とあいだの比較現象学」


2018年2月14日水曜日

脳の生態学(Fuchs 2018)序文

研究アーカイブに下記のレジュメを加えておきました。

Fuchs, T. (2018). Ecology of the brain: The phenomenology and biology of the embodied mind. Oxford, UK: Oxford University Press.(序文のみ)

3ページの短い序文をさらに要約したものではありますが、本書の立場が比較的明瞭に書かれているように思います。脳は生命体に備わる一器官であり、器官として身体全体と関係し、身体-環境の相互作用を媒介し、自己-他者の相互作用を媒介する、「媒介する器官(mediating organ)」であることが端的に示されています。

ひとつ注目できるのは「feeling of being alive」と彼が述べている点でしょうか。意識の作用は脳から生み出されるものではなく、生命が宿る有機体としての身体に、最初から「生きている感じ」として備わっている、という仮説的な見通しを述べています。

この「生きているという感じ」、あえて脳との対応づけを考えると、おそらく島皮質の作用と相関しているように思います。感覚とも感情とも呼べるかもしれないが、そのどちらでもないような、全身に広がる漠然とした「感じ(feeling)」。離人症では島の機能が低下しているという報告がありますが、生きている感じがしないという当事者の言葉に対応しているように思います。

この本、3月終わりぐらいからオンライン読書会形式で読んでいく予定です。ご希望の方は田中までお問い合わせください。
 


2018年2月4日日曜日

戦利品♪

待ちに待った一冊が届きました。
Thomas Fuchs (2018). Ecology of the brain: The phenomenology and biology of the embodied mind. Oxford, UK: Oxford University Press.
(トーマス・フックス『脳の生態学-身体化された心の現象学と生物学』)
  
しばらく前からオンライン読書会を開きますとお伝えしていたのですが、原著が届かないので企画そのものが滞っていました。
 
以前も書きましたが、この本が重視しているのは、まさに脳のエコロジーであり、脳の生態学的な基盤です。脳が知覚や認知にとって重要な役割を果たしている器官であることは間違いありませんが、人が知覚・認知する世界をすべて脳内の表象に還元するような見方は、脳の持つ生態学的な位置づけを無視して脳の役割を過大視し過ぎています。そうではなくて、身体を含む有機体全体の一部とし脳を位置づけると、身体と環境の相互作用、自己の身体と他者の身体の相互作用、人々が共有する文化的世界へのアクセスなど、脳は、生命体としての人と世界とを「媒介する器官(mediating organ)」として重要な役割を果たしていることが理解できます。こういう基本的な見方についてきちんと哲学的な基礎づけを与えている点も本書の魅力ですが、現在の神経科学の知見への批判、さらに、その再解釈と位置づけ直しといったことに言及している点や、未来の心の科学のあり方への展望を拓いている点も、本書の魅力であろうと思われます。

読書会は来月くらいからゆるゆる動き出そうかと思います。

ところで、「戦利品」とタイトルに書いたのは意味があります。じつは、推薦文を書く仕事を頼まれたのですよ、とっても光栄なことに! 和書で言うと、帯に入れる推薦文を書くようなものです。洋書の場合は背表紙に何人かが推薦文を入れることが多いのですが、届いた現物を見るとこんな感じになっていました。
 

見えづらいですね。上から三つめが私の書いたものです。最初オックスフォード大学出版局の担当編集者の方から連絡をもらったときに「至急endorsementを書いてください」という依頼があったのですが、「え、endorsementって何? 手形の裏書? 手形を切った覚えはないけどな」なんてことしか頭に浮かばなかったのでした。背表紙に入れる推薦文なので「裏書」と呼ぶのですねぇ、知りませんでした。

それにしても、光栄な話です。裏書を寄せているのは4人いますが、「エナクティヴ・アプローチ」で有名なディ・パオロ、精神医学の哲学のマシュー・ラトクリフ、ミラーニューロンの研究で知られる神経科学のヴィットーリオ・ガレーゼ、というすごい面々に混じって、なぜか無名の私のような人間が入っています。いちおう「身体性認知」の分野からお情けで一人入れてもらった、って感じでしょうかね。

まあでも、私にとっては、オックスフォードから出る本に推薦文を寄稿したというのは、研究を実直に続けてきて勝ち取った戦利品、という感じで鼻高々な気分なのです。