…またまたブログを更新できないまま時間だけがあっという間に過ぎていますが、今回はイベントの告知を。科研費・新学術領域研究「顔身体学」で近く以下2件のイベントがあるそうです。以下、ご案内。
1)2022年7月30日17:30〜20:00
公開シンポジウム「パラリンピアンを迎えてー顔身体学の観点からパラリンピックを考える」
こんにちは、田中彰吾(東海大学文化社会学部教授/大学院文学研究科長/文明研究所所長)です。身体性に関連する哲学と心理学を研究しています。各種お仕事のご連絡はshg.tanaka@gmail.comまでお寄せください。
…またまたブログを更新できないまま時間だけがあっという間に過ぎていますが、今回はイベントの告知を。科研費・新学術領域研究「顔身体学」で近く以下2件のイベントがあるそうです。以下、ご案内。
1)2022年7月30日17:30〜20:00
公開シンポジウム「パラリンピアンを迎えてー顔身体学の観点からパラリンピックを考える」
この4月以降、ブログを更新する時間がぜんぜんありません。…が、とにかく今日は1件記事をアップします。記事といってもとくに中身はなく、読書会のレジュメをアップしました、という報告です。
信原幸弘(2017)『情動の哲学入門-価値・道徳・生きる意味』勁草書房,第一部
昨年度末にリクール『他者のような自己自身』を読み終えて、いまはこの本を同僚の村田憲郎氏と一緒に読書会で読んでいます。情動を「感じる」という身体的感受の経験のレベルで捉え直しつつ、それを道徳や物語と絡めて論じていて、いま私自身が取り組んでいるナラティブ・セルフの問題に直結する内容を扱ってくれています。
やっぱり、ミニマル・セルフとナラティブ・セルフを結ぶには、とくに身体性の観点を残したままそうするには、情動の問題を避けて通れないようです。このあたりはいずれ理論的にきっちり整理して論じます。
では、また。
お知らせです。田中も編集委員として参加している雑誌『こころの科学とエピステモロジー』の第4号が刊行されました。今回は私も原著論文を書きました。科研費のプロジェクトで数年ご一緒してきた札幌学院の森直久先生との共著です。対面とオンラインの会話について、観察研究をおこなった結果をまとめてあります。皆さんも対面とオンラインの違いは気になると思いますが、身体的な相互作用に着目して両者の違いを比較しています。
田中彰吾・森直久「間身体性から見た対面とオンラインの会話の質的差異」
対面とオンラインの会議、どちらにも長所があると思いますが、場面に応じた使い分けを考えるうえでの一助にしていただければ。「5.考察」から先に読んでいただけるとポイントが手っ取り早く分かります。
どうぞご覧ください。
前回の投稿からあっという間に1月以上…。年度が変わって押し寄せる新たな仕事に対応しているうちに時間はどんどん過ぎ去ります。放っておくとこのまま更新できずに何ヶ月も経ってしまうかもしれないなぁと思ったのでとりあえず投稿します。
GW開けに大学に行ったらメールボックスに5/1版の大学新聞が届いていました。4月に拙著の件でインタビューを受けたのですが、それを東海大学新聞の川島省子さんが記事にしてくださいました。
先ほどの記事で肩書きが変わっているのに気づいた方もおられるかもしれません。申し遅れましたが、先の4月1日から東海大学の中での所属が変わりましたのでご報告します。
このたび「文化社会学部」に異動となりました。また同時に「文明研究所所長」を拝命しました。
学部に異動しても担当授業が大きく変わるわけではないのですが、研究所の所長職は新たな挑戦になります。東海大学の文明研究所は、学内に設置されている付属の研究所では最も古く1959年に設置されています。しかも、初代の所長は大学の創立者の松前重義氏でもあります。身の引き締まる思いとはまさにこのことですね。
東海大学はもともと工学系の大学として技術者を多く輩出してきたのですが、創立者の松前氏は「文理融合」を大切にして、科学技術の発展だけでなく「調和のとれた文明社会の創造」を企図して文明研究所を設立したのでした。
新しい所長として、伝統を大事にしながらも、新しい試みをどこまで取り入れることができるか、当面のあいだは苦闘の日々が続きそうです。現状でも学内外といろいろな連携の試みがなされているこの研究所ですが、もっともっと学外で知られるように今後いろいろな工夫を凝らしたいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いします。
心理学関係の書籍で有名な金子書房さんがウェブ上で「note」をいろいろと公開されています。このたび、私も以下の記事を寄稿いたしました。
ぜひご一読ください。
三月の下旬に単著が無事刊行されました。
田中彰吾『自己と他者-身体性のパースペクティヴから』東京大学出版会
本書は、シリーズ「知の生態学の冒険:J・J・ギブソンの継承」全9巻の第3巻になります。当初は「知の生態学的転回」というシリーズ名称で企画が始まったので、「ギブソンの継承」という色合いは本文ではやや弱いのですが、それでもメルロ゠ポンティの現象学とギブソンの生態心理学を融合して自己と他者の社会的関係を考察する試みになっています。
せっかくなので、最初に本書の企画書として提案した概要を以下に掲載しておきます。
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【概要】
身体を与えられることで「私」はこの世界に生を受け、また、身体を通じて他者と社会的にかかわりつつ「私」はその姿をさまざまに変化させている。
本書では、身体性に関連する認知科学・神経科学のさまざまなトピックを検討しながら、自己と他者、そして両者の身体的な相互作用について現象学的に考察する。取り上げるのは、幻肢やラバーハンド錯覚のように特殊な体性感覚をともなう現象、道具使用やブレイン・マシン・インタフェースのように身体性の拡張に関連する現象、新生児模倣や共同注意のように発達初期に他者との相互行為を通じて現れる現象、幼児のふり遊びのように身体性とナラティヴが連続的に現れる現象などである。
これらはいずれも、近年の認知科学や神経科学の進展にともなって、身体性に着目する文脈で研究上の知見が多く蓄積されてきた現象である。その一方で、そこでもたらされた知見は、身体や他者の問題を直接経験にさかのぼって検討することを重視するフッサール以来の現象学の伝統にも、多くの刺激を与えてきている。本書で取り上げるトピックには、私たち誰もが経験しうる身近な現象も、実験状況でしか経験できない特殊な現象も含まれるが、「それが当人にとってどのように経験されるのか」という側面に踏み込んで、現象の意味を理解することを重視する。
問題となる現象を、みずからの経験としてたどり直すことができるくらい密着して理解を試みれば、因果関係や相関関係にもとづく通常の科学的説明を超えて、身体性、自己と他者、間主観性の経験について、新たな理解をもたらすことができるだろう。本書が目標とするのは、主観的経験を脳内過程に還元するのではなく「脳-身体-環境」というエコロジカルな連続性のもとで理解すること、また、対人関係を中心とする社会的環境を中心にして「環境」を描きなおすことである。
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ついに最後の章を読み終えました。村田憲郎氏作成のレジュメを公開しておきます。
長かった…。邦訳の本文が438ページあります。リクールはこの長さでも3巻本(『時間と物語』のような)を書いてしまうような人なので、長いことは最初から織り込み済みではありましたが、それにしても本文が長いので読むのに時間がかかりました。ブログの過去記事を当たってみたら2019年の11月から読み始めたのでかれこれ2年半近く読み続けたことになります。
じっくり時間をかけて隅々まで熟読した本なので簡単に要約はできませんが、「自己」というテーマを巡って世界についてありとあらゆることを書いてあるという体裁の本です。それこそ、物体と人物の違い、出来事と行為の違いから始めて、行為する主体が現れ、行為する主体が語る主体となり、語る主体がさらに物語的自己同一性を持ち、物語的自己が他者とともに生き、他者とともに生きる中で倫理的な生き方を制度的な正義として追及するまでの壮大な世界観が論じられています。そして、そうした世界観を経て最後にもういちど「自己」の存在とは何かということが論じられます。
じつは、読み終えた今ももやもやとした感じが読後感として残っています。リクールの文体の特徴なのでしょうが、一つのテーマを巡ってああでもないこうでもないと議論が展開していき(良く言えば「弁証法的」ですが)、うまく着地しないままさらに大きなテーマに議論が続いていくという書き方なので、最後まで読んでもやっぱりオープンエンドな印象が拭えないのでした。なお、このもやもやは、私の中でこれからいろいろな仕事を手がけていくうちに少しずつ解消され、その度に文章になってくるだろうと思います。
なお、リクールは適度に保守的な思想家だと思います。この「適度に保守的」なところが、彼の思想をとても今日的にしているように思います。ポストモダン思想や思弁的実在論と誰か比べて論じてくれないかなぁ。
ずいぶんご無沙汰しております。イベントの告知があるので久しぶりに書き込みますね。
3月19日(土)、15:20-16:50、オンライン開催です。
「パラリンピックを学際的に紐解く」
1月7日ということでお正月も最終日。遅くなりましたが新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
私は年末のハードスケジュールが祟って2日から体調を崩しておりました。年末に「年を越したい…」の記事で書いていた通り、年末ぎりぎりの31日午前中に仕事が片付いて久々に「年越し」を味わえたのは良かったのですが、やっつけ仕事の無理が出たのでしょうね。ホッとして元日を家族と迎えて二日になったら夕方から熱が出てしまいました。微熱が出たり下がったりの繰り返しで、昨日の午後ぐらいからようやく平常運転に戻ったところです。
昨年もいろいろとありましたが、特に所属先のカリキュラム改訂の仕事に追われっぱなしで、学務の合間を縫って研究するしかない一年でした。ただ、3年越しで関わった書籍『Body Schema and Body Image: New Directions』の出版にこぎつけることができたのは無上の喜びでした。旧友のYochai Ataria、Shaun Gallagherの両氏と一緒に企画書を書くところから始め、3年半かかって一件の仕事を完結するまで大変な労力を要した仕事だっただけに、喜びもひとしおでした。
他方、やっぱり時間が取れなくて結局続けられなかった仕事もありました。YouTubeチャンネルがそうです。 4月の終わりぐらいから始めて夏頃まで動画を取りましたが、夏場に私が体調を崩して以降はまともに時間を取れず、9月半ばからは更新できずにいます。とりあえず講義サプリとして使用する上での役割はひと段落ついたので、こちらは大半の動画をいったん非公開にしました。更新しない間もなぜかチャンネルの新規登録者数が微増しているので、そのうち近況報告のような動画を上げるかもしれません。
ともあれ、今年もいろいろあると思います。そうそう、告知になってしまって申し訳ありませんが、今年は新しい単著が5年ぶりに出ます。『自己と他者――身体性のパースペクティヴから』というタイトルを予定しています。1回目の校正はすでに終わっていますから、年度が変わる4月~5月にはには何とか出版できる見通しです。
というわけで、この記事を読んでくれた皆様のご多幸を年頭に願いつつ。
1件告知です。
能智正博先生と大橋靖史先生の編集による書籍『ソーシャル・コンストラクショニズムと対人支援の心理学』が新曜社からもうすぐ発売されます。編集を担当した大谷さんが送ってくれた見本の奥付には2021年12月31日の発行日が記されています。大晦日!の発行です。発行日が大晦日に設定されることもあるんですね、珍しい。
ちなみに、この本もコロナ禍でかなり編集に時間がかかった1冊になります。もともとは2018年3月に『ソーシャル・コンストラクショニズム』で知られるヴィヴィアン・バー氏が来日した際のシンポジウムから始まって企画されたものですが、書籍の企画と刊行に三年半以上かかっています。ただ、時間をかけただけのことはあって、執筆陣はシンポジウムのメンバーから大幅に増員されていますし、内容も幅広く充実したものになっています。
田中も、シンポジウム当日の議論を大幅に増補して以下の原稿を寄稿しました。
第2章「現象学的心理学の立場から-ソーシャル・コンストラクショニズムとの対話と直接経験を超える心理学」
今回初めて「直接経験を超える心理学」という言葉を使いました。現象学的心理学はもともと「生きられた経験」を捉えることを得意としているのですが、この種の「直接経験」にこだわるのはいいとしても、そのこだわりだけが強すぎると、目の前で起こっていないことをトータルに想像することで経験の構造を見抜く力が弱くなってしまいます。この点を補完する上で役立つのがソーシャル・コンストラクショニズムの発想である、という趣旨の原稿です。現象学もソーシャル・コンストラクショニズムも、知覚される世界が客観的に実在するという発想を拒否するところに共通点はありますから、両者の間で対話は十分に可能なはずです。その対話に成功しているかどうかは、読者の判断に委ねます。
…というわけで、ぜひ本書を手に取っていただければ幸いです。
いつ頃からか、 「年を越す」という感じを持てないまま毎年元日を迎えるようになった。「年を越す」という言葉の含意もいろんな読み解き方がある気はするが、少なくとも自分にとっては「気持ちを新たにして新年を迎える」という感じをともなう言葉である。年内に片付けるべき仕事を終えて「仕事納め」のような気持ちの区切りになる場面がないと「年を越す」という感じにならないのだ。
40代になった頃からだろうか。年末年始に何かしらまとまった仕事を抱えるようになって(仕事をいただくこと自体はもちろんありがたいことではあれど)、仕事納めもできないまま元旦になってしまい、結局「あ〜、また年をまたいで仕事することになってしまった…」と何やら情けない気分(かつ同居する家族に申し訳ない気分)になるのである。気持ちに区切りをつけて「年を越す」ではなくて、仕事も気持ちも区切りがつかないままずるずる「年をまたぐ」という感じ。
で、今年はなんとか「年を越す」を味わいたいのである。今日、とりあえず年内最後のトークを研究会で行った(PPP研究会という精神医学の哲学関連の研究会だ)。で、今週はその準備と同時進行で研究室の引っ越しが勤務先であったため、その最低限の荷解きを明日はする。その後は、認知科学の講座本の原稿書き。あと10000字ぐらい詰め込めば書き終わる。なんとか28〜31日の4日間で片付けられれば「年を越す」を久々に味わえるのだけれど…