2022年9月7日水曜日

学会イベント:認知科学会シンポジウム (9/8)

直前のご案内ではありますが、明日以下のシンポジウムに登壇します。 オンラインで非会員も参加できますからぜひ。

日本認知科学会第39回大会

9月8日(木) 16:20-18:30 大会企画シンポジウム

「心と身体,脳,社会:心の科学をめぐる哲学者との対話」

講演者:田中 彰吾(東海大学)

    嶋田 総太郎(明治大学)

    鈴木 貴之(東京大学)

    川合 伸幸(名古屋大学)

    長滝 祥司(中京大学)

    鈴木 宏昭(青山学院大学)

指定討論者:横澤 一彦(筑波学院大学)

司会:高木 光太郎(青山学院大学)

 

今回は東京大学出版会から刊行される「認知科学講座」全4巻シリーズのお披露目も兼ねてのイベントです。

認知科学講座1:心と身体(嶋田総太郎編)

認知科学講座2:心と脳(川合伸幸編)

認知科学講座3:心と社会(鈴木宏昭編)

認知科学講座4:心をとらえるフレームワークの展開(横澤一彦編)

このシリーズの特徴として、1巻〜3巻まで、最後の章をそれぞれ哲学分野の研究者が執筆していることがあり、それぞれの編者と最終章の執筆者が上記シンポジウムの講演者を務めます。認知科学の現在地と将来の方向性を模索するうえで、刺激と示唆に満ちたシンポジウムになることと思います。私自身、議論に参加できるのを楽しみにしています。

2022年8月11日木曜日

もうすぐ刊行です (認知科学講座1:心と身体)

相変わらずぜんぜんブログを更新できないまま時間だけが過ぎていきます…が、研究活動はいろいろと進行中です。

今回はもうすぐ刊行される共著本のご案内。












 

嶋田総太郎編 (2022)『認知科学講座1:心と身体』東京大学出版会

序 身体性認知科学から「ポスト身体性」の認知科学へ(嶋田総太郎)

1 自己認識――身体的自己と物語的自己(嶋田総太郎)

2 身体性認知科学における言語研究の射程(佐治伸郎)

3 思考・創造とエンボディメント(阿部慶賀)

4 心と身体を結ぶ内受容感覚――感情と記憶から考える(寺澤悠理)

5 身体表象と社会性の発達(宮崎美智子)

6 知能・身体・関係性(長井隆行)

7 バーチャルリアリティによる身体拡張と自己の変容(鳴海拓志・畑田裕二)

8 身体性に基づいた人間科学に向かって(田中彰吾)

この講座、シリーズ全部で4巻あるのですが、これが第一巻で身体性の問題を正面から扱っています。執筆陣の充実ぶりからしても、これから認知科学を学ぶ人たちにとってはマストアイテムになるシリーズだと思います。ちなみに、刊行に合わせて9月の認知科学会では関連シンポジウムも予定されていて、そこで嶋田さんと一緒に簡単なトークセッションを行います。

私の章では、認知科学の歴史を回顧しながら、認知科学が身体を発見したことの意義を再確認、さらに身体性認知科学の到達点を振り返り、身体性認知科学を超えて来るべき将来の認知科学を展望する…という、けっこう壮大な論文になっております。

ぜひご覧あれ。

2022年7月13日水曜日

イベント案内(顔身体学)

 …またまたブログを更新できないまま時間だけがあっという間に過ぎていますが、今回はイベントの告知を。科研費・新学術領域研究「顔身体学」で近く以下2件のイベントがあるそうです。以下、ご案内。

1)2022年7月30日17:30〜20:00

公開シンポジウム「パラリンピアンを迎えてー顔身体学の観点からパラリンピックを考える」



2)2022年8月6日14:00〜17:00
公開シンポジウム「ルッキズム」

どちらのイベントも以下のページから詳細を見ることができます。
 
田中もタイムリーにパラリンピックを扱う原稿を書いているところなので30日のシンポジウムは聴講したいのですが時間があるかなぁ…

…というわけで、お知らせでした。

2022年6月22日水曜日

信原幸弘『情動の哲学入門』

 この4月以降、ブログを更新する時間がぜんぜんありません。…が、とにかく今日は1件記事をアップします。記事といってもとくに中身はなく、読書会のレジュメをアップしました、という報告です。

 信原幸弘(2017)『情動の哲学入門-価値・道徳・生きる意味』勁草書房,第一部

昨年度末にリクール『他者のような自己自身』を読み終えて、いまはこの本を同僚の村田憲郎氏と一緒に読書会で読んでいます。情動を「感じる」という身体的感受の経験のレベルで捉え直しつつ、それを道徳や物語と絡めて論じていて、いま私自身が取り組んでいるナラティブ・セルフの問題に直結する内容を扱ってくれています。

やっぱり、ミニマル・セルフとナラティブ・セルフを結ぶには、とくに身体性の観点を残したままそうするには、情動の問題を避けて通れないようです。このあたりはいずれ理論的にきっちり整理して論じます。

では、また。

2022年5月25日水曜日

田中・森 (2022)「間身体性から見た対面とオンラインの会話の質的差異」

 お知らせです。田中も編集委員として参加している雑誌『こころの科学とエピステモロジー』の第4号が刊行されました。今回は私も原著論文を書きました。科研費のプロジェクトで数年ご一緒してきた札幌学院の森直久先生との共著です。対面とオンラインの会話について、観察研究をおこなった結果をまとめてあります。皆さんも対面とオンラインの違いは気になると思いますが、身体的な相互作用に着目して両者の違いを比較しています。

『こころの科学とエピステモロジー』第4号 

田中彰吾・森直久「間身体性から見た対面とオンラインの会話の質的差異」

対面とオンラインの会議、どちらにも長所があると思いますが、場面に応じた使い分けを考えるうえでの一助にしていただければ。「5.考察」から先に読んでいただけるとポイントが手っ取り早く分かります。

どうぞご覧ください。


2022年5月10日火曜日

大学新聞に載りました

前回の投稿からあっという間に1月以上…。年度が変わって押し寄せる新たな仕事に対応しているうちに時間はどんどん過ぎ去ります。放っておくとこのまま更新できずに何ヶ月も経ってしまうかもしれないなぁと思ったのでとりあえず投稿します。

GW開けに大学に行ったらメールボックスに5/1版の大学新聞が届いていました。4月に拙著の件でインタビューを受けたのですが、それを東海大学新聞の川島省子さんが記事にしてくださいました。






































 
画像の表示を「特大」に指定してみたのですが、本文はなんとか読めるでしょうか? インタビューでお話しした拙著のアウトラインが手際よくまとめられています。下には先月湘南キャンパスで開かれたスポーツ社会学会のシンポジウムの記事も併せて掲載していただきました!

ところでこの記事、大学新聞の「研究」を見開きで掲載しているページに位置しているのですが、周りはすべて医学系か理工系の記事で、人文社会系の記事はこれだけでした。昨今のご時世を考えると文系から掲載していただいて大変ありがたく感じると同時に、私以外にもいい仕事をしている文系研究者は学内にいるのでもっと紹介していただければ、とやや複雑な気持ちにもなりました。

…というわけで、また仕事に戻ります。

2022年4月6日水曜日

遅れましたがご挨拶です

先ほどの記事で肩書きが変わっているのに気づいた方もおられるかもしれません。申し遅れましたが、先の4月1日から東海大学の中での所属が変わりましたのでご報告します。

このたび「文化社会学部」に異動となりました。また同時に「文明研究所所長」を拝命しました。

学部に異動しても担当授業が大きく変わるわけではないのですが、研究所の所長職は新たな挑戦になります。東海大学の文明研究所は、学内に設置されている付属の研究所では最も古く1959年に設置されています。しかも、初代の所長は大学の創立者の松前重義氏でもあります。身の引き締まる思いとはまさにこのことですね。

東海大学はもともと工学系の大学として技術者を多く輩出してきたのですが、創立者の松前氏は「文理融合」を大切にして、科学技術の発展だけでなく「調和のとれた文明社会の創造」を企図して文明研究所を設立したのでした。

新しい所長として、伝統を大事にしながらも、新しい試みをどこまで取り入れることができるか、当面のあいだは苦闘の日々が続きそうです。現状でも学内外といろいろな連携の試みがなされているこの研究所ですが、もっともっと学外で知られるように今後いろいろな工夫を凝らしたいと思っています。

どうぞ、よろしくお願いします。

ご紹介:金子書房 note「オンラインで他者と…

心理学関係の書籍で有名な金子書房さんがウェブ上で「note」をいろいろと公開されています。このたび、私も以下の記事を寄稿いたしました。


「オンラインで他者とつながる時に大事なことは?」というタイトルで少し漠然としていますが、でも大事なことが本当に書いてあります。オンラインシステムを使うと身体性のレベルでコミュニケーションの質が変わりますが、それを補うものってなんだろう、という視点を共有していただけると幸いです。

ぜひご一読ください。

2022年4月3日日曜日

五年ぶりの単著

三月の下旬に単著が無事刊行されました。

田中彰吾『自己と他者-身体性のパースペクティヴから』東京大学出版会

本書は、シリーズ「知の生態学の冒険:J・J・ギブソンの継承」全9巻の第3巻になります。当初は「知の生態学的転回」というシリーズ名称で企画が始まったので、「ギブソンの継承」という色合いは本文ではやや弱いのですが、それでもメルロ゠ポンティの現象学とギブソンの生態心理学を融合して自己と他者の社会的関係を考察する試みになっています。

せっかくなので、最初に本書の企画書として提案した概要を以下に掲載しておきます。

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【概要】

 身体を与えられることで「私」はこの世界に生を受け、また、身体を通じて他者と社会的にかかわりつつ「私」はその姿をさまざまに変化させている。

 本書では、身体性に関連する認知科学・神経科学のさまざまなトピックを検討しながら、自己と他者、そして両者の身体的な相互作用について現象学的に考察する。取り上げるのは、幻肢やラバーハンド錯覚のように特殊な体性感覚をともなう現象、道具使用やブレイン・マシン・インタフェースのように身体性の拡張に関連する現象、新生児模倣や共同注意のように発達初期に他者との相互行為を通じて現れる現象、幼児のふり遊びのように身体性とナラティヴが連続的に現れる現象などである。

 これらはいずれも、近年の認知科学や神経科学の進展にともなって、身体性に着目する文脈で研究上の知見が多く蓄積されてきた現象である。その一方で、そこでもたらされた知見は、身体や他者の問題を直接経験にさかのぼって検討することを重視するフッサール以来の現象学の伝統にも、多くの刺激を与えてきている。本書で取り上げるトピックには、私たち誰もが経験しうる身近な現象も、実験状況でしか経験できない特殊な現象も含まれるが、「それが当人にとってどのように経験されるのか」という側面に踏み込んで、現象の意味を理解することを重視する。

 問題となる現象を、みずからの経験としてたどり直すことができるくらい密着して理解を試みれば、因果関係や相関関係にもとづく通常の科学的説明を超えて、身体性、自己と他者、間主観性の経験について、新たな理解をもたらすことができるだろう。本書が目標とするのは、主観的経験を脳内過程に還元するのではなく「脳-身体-環境」というエコロジカルな連続性のもとで理解すること、また、対人関係を中心とする社会的環境を中心にして「環境」を描きなおすことである。

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…という趣旨の著作です。認知神経科学や発達心理学の知見をたくさん参照していますが、結局は「脳-身体-環境」というエコロジカルな連続性のもとで「自己と他者」という問題系を考えることを目指しています。いわゆる社会的認知やソーシャル・ブレインといった研究とも大きく関わりますが、それらを一味も二味も違うしかたで=生態学的な観点からとらえたところに特徴があります。

一人でも多くの方に手に取っていただければ著者としては幸いです。どうぞ、よろしくお願いします。

2022年3月20日日曜日

リクール『他者のような自己自身』第10研究

ついに最後の章を読み終えました。村田憲郎氏作成のレジュメを公開しておきます。

リクール『他者のような自己自身』第10研究

長かった…。邦訳の本文が438ページあります。リクールはこの長さでも3巻本(『時間と物語』のような)を書いてしまうような人なので、長いことは最初から織り込み済みではありましたが、それにしても本文が長いので読むのに時間がかかりました。ブログの過去記事を当たってみたら2019年の11月から読み始めたのでかれこれ2年半近く読み続けたことになります。

じっくり時間をかけて隅々まで熟読した本なので簡単に要約はできませんが、「自己」というテーマを巡って世界についてありとあらゆることを書いてあるという体裁の本です。それこそ、物体と人物の違い、出来事と行為の違いから始めて、行為する主体が現れ、行為する主体が語る主体となり、語る主体がさらに物語的自己同一性を持ち、物語的自己が他者とともに生き、他者とともに生きる中で倫理的な生き方を制度的な正義として追及するまでの壮大な世界観が論じられています。そして、そうした世界観を経て最後にもういちど「自己」の存在とは何かということが論じられます。

じつは、読み終えた今ももやもやとした感じが読後感として残っています。リクールの文体の特徴なのでしょうが、一つのテーマを巡ってああでもないこうでもないと議論が展開していき(良く言えば「弁証法的」ですが)、うまく着地しないままさらに大きなテーマに議論が続いていくという書き方なので、最後まで読んでもやっぱりオープンエンドな印象が拭えないのでした。なお、このもやもやは、私の中でこれからいろいろな仕事を手がけていくうちに少しずつ解消され、その度に文章になってくるだろうと思います。

なお、リクールは適度に保守的な思想家だと思います。この「適度に保守的」なところが、彼の思想をとても今日的にしているように思います。ポストモダン思想や思弁的実在論と誰か比べて論じてくれないかなぁ。

2022年3月9日水曜日

パラリンピックを学際的に読み解く(3/19 オンライン)

ずいぶんご無沙汰しております。イベントの告知があるので久しぶりに書き込みますね。

3月19日(土)、15:20-16:50、オンライン開催です。

「パラリンピックを学際的に紐解く」


今回は日本スポーツ社会学会の企画です。公開企画ということでどなたでも参加できますので、ご希望の方は以下のページをご覧ください。

私はまだ当日何を話すかアイデアが固まっていないのですが、「間身体性」について紹介しながらパラリンピックについて考えるつもりです。東京パラリンピックの際、ボッチャをたまたまTVで見かけて、障がい者の身体と共鳴する身体のあり方についていろいろ思うところがあったので、そういう話をしようかなと思っています。

それにしても、ブログ記事を書く暇がないぐらい忙しいです。しかも学務で。この不本意な忙しさについては、いずれまたここで吐き出します。

2022年2月5日土曜日

ただいま校正中

先日紹介した単著、ただいま二回目の校正に取り組んでいます。原稿の分量はざっとこんな感じ。













 
 
最後のページ番号は218ページとなっています。冒頭の序文と末尾の後書を加えて、全6章構成でこのページ数なので、各章約30ページです。

どの章も18000字ぐらいは書いていますから、章ごとにそこそこ読み応えのある論考になっていると思います。ただ、掘り下げ方が深い分だけ、どうしても難しい箇所は残っています。例えばこの章の最後がそうかもしれません。自己の身体的起源についてフッサールの再帰的感覚に沿って論じました。













 
 
元来、主張を明確にして議論の全体像をつかみやすい文章を心がけているのですが、今回は「必要な難しさ」にお付き合いいただく著作になります。なので、論旨を追って一緒に考える愉しみを感じられるように工夫したつもりです。

一冊の本という独自の環境の中に入り込んで、「読む」という行為を著者と一緒に続けてもらえると、その見返りとして「新たな世界」が知覚できるような本にすることを企図しました。シリーズ名も「知の生態学の冒険」ということですので、読むという行為が開く世界を一緒に冒険していただければ幸甚です。

というわけで、タイトルを再度告知。
『知の生態学の冒険 J・J・ギブソンの継承3:自己と他者-身体性のパースペクティヴから』
東京大学出版会から来月刊行予定です。

2022年1月26日水曜日

もうすぐ出せる、かな?

次の単著、紹介ページが出来ました。長いですが以下がフルタイトル。

『知の生態学の冒険〜J・J・ギブソンの継承3:自己と他者-身体性のパースペクティヴから』

ギブソンの仕事をきちんと継承したものになっているか、やや心もとないですが、『知の生態学』の試みであることは確かです。認知神経科学や発達科学の知見をたくさん取り入れていますが、それらがつねに「脳-身体-環境」という連環の中でどのような意味を持つのかという視点を大事にしていますので。

内容紹介をそのまんまコピーしておきます。
「身体性に関連する認知科学・神経科学の主なトピックを取り上げ、自己と他者の身体的な相互作用を生態学的現象学から考察する。脳内過程ではなく、「脳―身体―環境」というエコロジカルな連続性のもとでの身体的経験の理解を通じて自己と他者が出会う社会的環境を描き直す。」

東大出版会のページを見ると発売日が3月23日になっていますが、間に合うのでしょうか。じつはこれから二回目の校正に着手するところだったりします。一回目の校正で手を入れた箇所がけっこうあったので、スムーズに運ぶかどうか…。

2022年1月18日火曜日

画面越しの再会

今日、北海道大学のCHAINでハイデルベルク大学のThomas Fuchs氏を招いてオンライン・レクチャーがあった。タイトルは「今日における現象学の意義」。私はFuchs氏とは旧知の間柄ということで、レクチャー後のディスカッション部分でモデレーターとして参加した。

コロナ前の2019年にお会いしたのが最後だったと思うので、かれこれ3年ぶりぐらいの再会。画面越しに見るFuchs氏はやや老けた印象があったが、語りのほうは以前と変わらずとても明晰で、現代の心の科学との関係で現象学の果たしうる役割を以下の3点にわかりやすくまとめておられた。老けた分だけ「老大家」みたいな雰囲気はやや増した感じだったかもしれない。

1) 認知神経科学との対話:主流派の表象主義的な考え方からすると、心が脳内の神経過程に還元されてしまうが、現象学は「生きられた身体」に着目することで、脳と身体の相互作用がもたらす「生きている感じ(feeling of being alive)」から意識の発生過程に取り組む。脳と身体のユニットである「生きられた身体」はまた、知覚-行為循環を通じて環境と相互作用しており、意識現象を脳・身体・環境という拡張された系のもとでとらえることができる。

2) 社会的認知の捉え直し:心の理論やシミュレーション説など、主要な社会的認知の理論は、他者の心を内的に隠されて直接アクセスできないものと前提している。現象学的に見ると、自己と他者は「身体化された相互行為(embodied interaction)」を通じて出会っており、その文脈のもとで、他者の身体は意図や感情を表出している。日常の相互行為の文脈では他者は内面と外面に区別できず、他者の心は直接知覚の対象として現れる。

3) 精神病理学:生きられた身体の現象学から出発することで、精神病理学に新たな知見をもたらすことができる。特に統合失調症の症状は「脱身体化(disembodiment)」をキーワードとして理解を改めることができる。身体化された暗黙のスキルが解体されること、他者とのスムーズな身体的相互行為が解体されること、これらのdisembodimentが症状の中心に見て取れる。

レクチャーの内容はざっとこんな感じだった。レクチャー終了後に質疑応答の時間を取ったが、そちらも大変盛況だった。質問が出なければ自分が何か質問しないとなぁ、と構えていたのだけど、結局終了時刻をオーバーしても質問が続くぐらい盛り上がっていた。

画面越しではあれ、旧知の先生と再会できたのは嬉しかったし、彼の暖かい人柄が語りから伝わってきて、旧交を温められた感じがしたのがなお良かった。ちなみに、今日のレクチャーは彼が2018年に出版した『Ecology of the Brain』の内容に沿ったものだったが、日本でももっと彼の仕事が知られるようになって欲しいものである。

2022年1月7日金曜日

遅くなりましたが新年のご挨拶

1月7日ということでお正月も最終日。遅くなりましたが新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

私は年末のハードスケジュールが祟って2日から体調を崩しておりました。年末に「年を越したい…」の記事で書いていた通り、年末ぎりぎりの31日午前中に仕事が片付いて久々に「年越し」を味わえたのは良かったのですが、やっつけ仕事の無理が出たのでしょうね。ホッとして元日を家族と迎えて二日になったら夕方から熱が出てしまいました。微熱が出たり下がったりの繰り返しで、昨日の午後ぐらいからようやく平常運転に戻ったところです。

昨年もいろいろとありましたが、特に所属先のカリキュラム改訂の仕事に追われっぱなしで、学務の合間を縫って研究するしかない一年でした。ただ、3年越しで関わった書籍『Body Schema and Body Image: New Directions』の出版にこぎつけることができたのは無上の喜びでした。旧友のYochai Ataria、Shaun Gallagherの両氏と一緒に企画書を書くところから始め、3年半かかって一件の仕事を完結するまで大変な労力を要した仕事だっただけに、喜びもひとしおでした。

他方、やっぱり時間が取れなくて結局続けられなかった仕事もありました。YouTubeチャンネルがそうです。 4月の終わりぐらいから始めて夏頃まで動画を取りましたが、夏場に私が体調を崩して以降はまともに時間を取れず、9月半ばからは更新できずにいます。とりあえず講義サプリとして使用する上での役割はひと段落ついたので、こちらは大半の動画をいったん非公開にしました。更新しない間もなぜかチャンネルの新規登録者数が微増しているので、そのうち近況報告のような動画を上げるかもしれません。

ともあれ、今年もいろいろあると思います。そうそう、告知になってしまって申し訳ありませんが、今年は新しい単著が5年ぶりに出ます。『自己と他者――身体性のパースペクティヴから』というタイトルを予定しています。1回目の校正はすでに終わっていますから、年度が変わる4月~5月にはには何とか出版できる見通しです。

というわけで、この記事を読んでくれた皆様のご多幸を年頭に願いつつ。